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中小企業のIT化に必要なSEの素養は何か?

 「中小企業のIT化」が大きなマーケットであることは疑問の余地がない。どのSIer(システム・インテグレーター)の幹部も、この市場で業績を伸ばしていこうと躍起になっている。しかし、率直に言って、大手SIerのSEが従来の仕事のやり方を改めずに中小企業を担当しても、まったく顧客とかみ合わないだろう。大きな組織の中で仕事をしてきたSEは“型にはまっている”ことが多い。システム業界の発注・受注作法をよく分かっているような大手の顧客となら、いきいきと仕事ができる。しかし、どこから弾が飛んでくるのか分からないのが、中小企業の現場である。そのことをうすうす知っているだけに、大手SIerのSEはなるべく中小企業を担当したがらない。だから、中小企業向けの人材が育たない。一種の悪循環である。
 さすがに、最近ではIT化を理解していない中小企業の経営者は減ってきた。ITは経営革新のためのツールだという認識もきちんと持っている。しかし、現場はIT化など自分には関係ないという姿勢を貫いている。むしろ、“自分の手足を縛るお荷物”としか思っていない。何故か。ITは企業の戦略を実現するための道具であり、長期的な視点がないと、その効果を理解できない。しかし、中小企業の現場にはこの長期的視点が存在しないのである。あるのは今日、明日の売り上げをどう確保するかだったり、目の前の仕事をどう片付けるかだったりする。

 中小企業に行くと、まず現場からの冷たい視線にさらされる。「“IT屋さん”ごときに何が分かる!現場も知らないくせに…」とこう来る。この冷ややかな視線の攻撃は結構すごい。私も当初は思わず身構えたものだ。実際にIT化を進めようとすると、さらに大きな抵抗に必ず出会う。「仕事のやり方を変えたくない」「新しいことには取り組みたくない」というマイナスのパワーは相当強いものがある。しかし、抵抗されたらしめたものと思うべきである。相手がこちらの存在をはっきりと意識した証拠だからだ。後は“落とし所”をどこに求めるかになる。落としどころは、実はITではなく、「相手の気持ちを汲み取る」「その上で、相手と共通の目的を見つけ、協力関係をつくっていく」「その際、相手を尊敬する、約束を守るといった人間としての基本ルールを忘れない」といった、おそらくどの職種にも必要な“ヒューマンスキル”にある。

 相手は、IT屋だからきっと訳の分からないIT用語を駆使して現場をだましにかかると思っている。だからあえてIT用語を使わずに「やまと言葉」で相手の懐に飛び込んでいく。例えば、CRMという言葉を使わずに、「お客さんとの関係をもっと強化しませんか。相手にもっと喜んでいただきましょうよ」と言う。こういった正論であれば、否定する人はいない。相手の先入観の裏をついて、本当に相手が困っている事項を見つけ、それをあくまで日常用語にかみくだき、解決に向けて一緒に汗をかいていきたいという姿勢を見せるのである。現場に散見しているメモを取り上げて、「これがパソコンでいつでも取り出せたら、便利だと思いませんか」と、情報共有の重要性を説くのもひとつの方法だろう

●「ガチンコ」で現場と真剣勝負する

 ITの知識のない中小企業の担当者たちは、まず自分の土俵に引きずり込もうとする。「現場を知ってからものを言え」というわけだ。そこでSE側が身構えたりひるんだりするだけでは、話が前に進まなくなる。彼らは決して悪意で言っているわけではない。彼らにとって重要なのは、“会社”という抽象的なものより、徹頭徹尾”現場”なのである。時には一緒に飲みに行って、彼らの愚痴を聞くことも必要である。そこから解決すべき課題が見えてくるかもしれない。それよりも、自分がきちんと現場の悩み・苦しみを共有できる人間であることを知ってもらい、信用してもらうことが大事である。一種の“踏み絵”と考えればよい。

 中小企業のIT化に取り組もうと思ったら、気持ちの部分で負けてはいけない。相手は「机上の空論ではなく、現場を体験してみろ」と言ってくる。「だったら体験してやろうじゃないか」というくらいの気構えが求められる。自分をさらけだして、人間として、ビジネスマンとして信用を勝ち得て、初めてITの話を聞いてもらえると考えておいた方がいい。もちろん、そのためにはSE自体が、専門知識のみならず、自分と異なった文化圏の人とでもきちんとコミュニケートできる誠実さと忍耐強さを磨いておかなければならない。

 テレビ番組のスペシャル企画で、よく“ガチンコ勝負”ものがある。持てる力で正面からぶつかり合うと言うやつである。中小企業のIT化もまさにこのガチンコ勝負のつもりで取り組まなければならいない。現場はもっともらしい理論など求めていない。求めているのは実際に効果が上がる方法である。カタカナがちりばめられた“ソリューション”ではなく、心から納得させてくれる“解決案”である。だから、先方はITの話などそっちのけで、実際の業務の大変さから入ってくる。ガチンコでやろうじゃないかと言ってくる。中小企業担当のSEは、真正面からこの課題を受け止めなければならない。「ガチンコ大歓迎」という気構えを持たなければならない。また、中小企業としても、相手がガチンコ勝負を受け止めてくれるSEかどうかを見極めなければならない。

(本記事は、「SmallBiz(スモールビズ)※」に寄稿したコラム「近藤昇の『こうして起こせ、社内情報革命』」に、「第29回 中小企業のIT化に必要なSEの素養は何か?」として、2002年7月22日に掲載されたものです。)
※日経BP社が2001年から2004年まで運営していた中堅・中小企業向け情報サイト