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きちんとした挨拶は、IT活用成功への一里塚

 “ITを活用した企業経営”というと、皆さんはどんなイメージが頭に浮かぶだろうか?パソコンに囲まれた整然としたオフィスで、さっそうと仕事をしている光景だろうか?確かに、先進的な外資系の会社やベンチャー企業などでは、営業部員は個人の机を持たず、各自がノートパソコンを持ち歩く。会社に来たらまずは無線LANに接続、必要な情報を共有データベースから取得して仕事にかかる。商談にはもちろん電子メールを駆使する…現実にこういう職場はすでにある。
 ただ、ベンダーやITジャーナリズムが、こんな職場を理想として中小企業IT化の尻をたたくのはどうかと思う。ごく普通の中小企業の経営者が、こんなイメージの職場環境に変身することを大まじめに考えたら、会社を傾かせるだけだろう。

 よい機会だからこの際整理しておきたい。相変わらずITベンダーや経済産業省主導で中堅・中小企業のIT化ブームが続いているが、その中で米国のSmallBusiness、日本のベンチャー企業、在来型中小企業がごちゃ混ぜにして扱われているため、様々な混乱を招いている。これらの企業の概念はまったく異なるものだと考えた方がよい。米国のSmallBusinessは、米国の一流企業をスピンアウトした中堅幹部以上の人たちが、元同僚や部下とともに立ち上げた組織だ。だから、大企業のやり方の良い点を踏まえ、さらに効率を追求することが可能になる。日本のベンチャー企業は、米国に比べると社員のクオリティーは落ちるが、それでも極力効率を追求しようと努力する点では共通している。

●在来型中小企業には、大企業のようなIT化はなじまない

 私がこのコラムで主に対象としているのは、日本の“在来型中小企業”である。これらの会社の最大の問題は“変わろうとする意志の欠如”だろう。いや、正確にいうと、変わりたくても変われないのだ。社長こそ営業もやれば内部管理もやるオールラウンドプレーヤーだが、専務以下末端の社員に至るまで、責任と権限がはっきりせず、ただ社長の顔色を伺っているだけ。本当に実務を仕切っているのはベテランの女性事務職員だったりする…こんなところが平均的なイメージだろう。要は、きちんとした組織の体をなしていないのだ。

 だから、業務を標準化して効率を追求する、その上で環境変化に応じてシステムを組み替えるなどといった、大企業が本能的に達成できていることが、なかなか望めないわけである。経営の基本ができていない会社に対して、いきなり経営の効率化のためのツールを取り入れるよう勧めたところで、消化不良になるだけだ。では、中小企業のIT化はどんな落としどころを目標に、どう進めたらよいのだろうか。

 何年も前の話になるが、あるOA機器販売会社からSFA導入支援の依頼が来た。社長の依頼の内容は、「ITの導入で、個人のノウハウ頼みの営業をチームワーク営業に脱皮させ、顧客満足度の向上を図って業績を向上させたい。どうすればよいかアドバイスがほしい」というものだった。そこで、まずは実態調査のために営業部門の現場ヒアリングをさせていただいた。

 何回か訪問するうちに、この組織はIT化など考える前に取り組むべき課題が山積していることが分かってきた。社長は盛んに「我が社のモットーは顧客満足の最大化。心のこもった顧客とのコミュニケーションの大切さを常に朝礼で社員に伝えている」と強調される。それにしては、私のような外部の人間が繰り返し訪問しても、幹部から一般社員に至るまで挨拶すらまともにできない。書類や情報の整理もなっておらず、事務所が雑然としている。各自の机の上は資料の山で、何日間でもそのままだ。互いに電話をとっても、きちんとメモを残すことさえ徹底できていない。もっともメモなど置いても、資料の山に埋もれるだけだろうが…。

 そこで、IT化を始める前に、まず資料や情報の整理整頓、職場内のコミュニケーションの強化をみっちりやり、土壌が整ったところで最適なツールの導入を考えていきたいと社長に申し上げた。すると、社長はこう言われるのだ。「キミんところにはITを使った提案を依頼したんであって、余計なことを指摘してくれと頼んだ覚えはない。人の会社にケチをつけるとは、いったい何様のつもりなんだ。不愉快だ!」と怒り出す始末。いきなり正論から切り出した私も実に青かったが…。

 結局ご縁はなかったが、この会社はいわゆる在来型中小企業の典型と言えるだろう。実力社長の独り相撲で、トップの理念を現場に浸透させるミドルマネージャーがまったく機能していないのである。だから、荒れた現場は何年経っても変わることはないだろう。

●あえて「イロハのイ」から入る大切さを再確認する

 たかが挨拶と侮るなかれである。挨拶はコミュニケーションの基本である。それすらクリアできなくて、どうして充実した社内情報共有や顧客満足度の向上が実現できるだろうか。いきなりSFAなど検討したところで、まったくの猫に小判である。迂遠なように見えてもイロハのイ、基本の基本をやり直すことが、結局は組織の風通しをよくし、ITを十分に活用することにつながるのである。

 政府が補助金をつけてくれたり、ジャーナリズムがIT活用の旗を振ってくれたりするのは邪魔とは言わないが、同時にIT幻想にとらわれて、本当に経営に大切なことに気づけない社長を量産していないか、ここで頭を冷やして考えてみる必要がある。在来型中小企業の経営では、しごく単純かつ重要な課題を洗い出し、それを愚直に、継続的に実践し続けることが肝要なのである。このことをよく分かっている中小企業は、IT活用の前に社員教育をやり直している。

 大手企業に対抗するために、お客様の満足度向上を狙って中小企業ならではの細やかな対応をしようと考える経営者は多い。しかし、中小企業では、そうしたサービスを支える個々の対応力そのものに大きな穴があり、OJTや社長訓話だけでは解決できないケースが多々あることを知らねばならない。人間対応力で優位に立とうとするのなら、謙虚に社員のレベルを見つめ直し、基本の基本に立ち返るべきだろう。IT化を進める前に改善すべき課題は沢山見つかるはずだ。そして、お金などかけなくても実行できることは意外と多いのである。

 ITは大切だ。しかし、システムの前に人ありきである。挨拶などの基本動作から改善することが、IT活用成功の第一歩なのである。

(本記事は、「SmallBiz(スモールビズ)※」に寄稿したコラム「近藤昇の『こうして起こせ、社内情報革命』」に、「第27回 きちんとした挨拶は、IT活用成功への一里塚」として、2002年6月24日に掲載されたものです。)
※日経BP社が2001年から2004年まで運営していた中堅・中小企業向け情報サイト

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