顧客満足度の向上は、従業員満足度の向上あってこそ
前回のコラム『顧客対応をシステムに頼りすぎると命取りに』では、“人間の気持ち不在のIT”による顧客対応の危うさについて、具体的な例を紹介しながら述べた。今回はこの“人間の気持ち”という部分について、もう少し深く考えてみたいと思う。
今回私が強調したいのは、企業の中の人間、即ち従業員の“気持ち”である。実際には彼らが顧客と接し、製品やサービスを提供している。前回のコラムで、顧客満足度を高めるためには、社内の人間の教育が必要だという意味のことを書いたが、さてここで新たな問題提起をしてみたい。顧客満足度を高めるためには、ただひたすらに従業員を教育しさえすればいいのだろうか。時には自己犠牲さえ厭わず、顧客のために身を捧げることを教え続ければいいのだろうか。
●企業を支えているのは、他の何者でもなく“従業員”である
これはいささか極論に過ぎるとしても、当然答えは「No」である。企業を支えているのは従業員である。顧客満足度の向上を考えるのと同じぐらい(いやそれ以上真剣に)、従業員満足度の向上を考える必要があるのだ。確かに彼らに対する教育は重要である。でもその前に企業経営者は、彼らが満足し、やりがいを感じられる環境を提供できているかどうかを、改めて考え直してみるべきだと思う。
中には異論のある方もいらっしゃるかもしれない。「顧客満足度を優先的に高める努力を続ければ、それに伴って従業員満足度も向上するはずだ。顧客が商品やサービスを購入してくれれば売上や利益は伸び、その結果、従業員は恩恵を受けることができるのだから」…。確かに一理ある意見である。しかし世の勝ち組といわれている企業が、従業員満足度の向上にどれだけ心を砕いているかを見逃すわけにはいかない。
例えば、世界最大の売上高を誇るウォルマート。品物を輸送するための物流が当然必要である。普通に考えれば、こうしたモノの運搬を担当するドライバーは、店舗の販売員と比べれば“非主流”とでもいうべき職種だろう。だが同社のドライバーは、スーパーマーケットで比較的賃金が高いとされているミートカッターよりも高い賃金を得ているという。採用基準も非常に厳しい。こうした事実は、労働自体のハードさに加え、会社の看板を背負って走っているということに、きちんと敬意が払われている証拠だろうと思う。ドライバーは、前の車が遅いからといってクラクションを鳴らしてはいけない。また無理な追い越しもしてはいけない。なぜならその車は、顧客であるかもしれない人、が運転しているからだ。こうした“顧客対応”の教育も、仕事内容に見合った待遇が与えられているからこそ、奏功するのではないだろうか。
また、顧客サポートで常に高い評価を受けているデルコンピュータの例もある。多くのメーカーの場合、テクニカルサポート部隊が苦情処理係的な役割を担わされているのに対し、同社では“顧客に接するオペレーターが会社で一番偉い”といわれる。花形である営業と同じ位置づけである。顧客からの感謝状はオフィス内に張り出され、また営業や広報経由で入ってきた顧客からの感謝の声も、直接オペレーターに伝えられる。また成績優秀者にはプレゼントや社長賞も与えられるという。顧客対応を支える従業員のモチベーション向上に、いかに大きな配慮がされているかがうかがい知れる話である。
●“満足した”従業員こそが、顧客を“満足させる”
こうした勝ち組企業の例からは、「従業員満足度が上がる」 → 「顧客満足度を高めようとする従業員の意識も上がる」 → 「顧客満足度を高めるための実際の活動へと結びつく」 → 「顧客満足度の向上が実現される」、というストーリー展開がはっきりと見て取れる。やはり従業員の満足する企業経営の実現が、真剣に考えられるべきなのである。ましてや、全従業員の顔が見える中小企業などでは、避けて通ることのできない第一優先課題だと私は思う。
しかし多くの企業経営者の実態はというと、「従業員満足度の向上」を課題としてさえ認識できていないと思われる。最近こういう会社に出くわした。社長が従業員の心の中を考えることなく、「ITを上手に活用して、顧客情報や対応履歴を一元管理し、きめ細かい顧客対応に活用していくぞ!」と大々的にぶちまけたのだ。全社一丸となって顧客満足度の向上に取り組むために、社長は朝礼で熱く語り、事務所の壁に「サービスとは真心である」と掲示がされている。しかしその後、どういう現実が待ち受けていたか。私がIT活用のための現場ヒアリングをしてみると、会社や上司への不満が鬱積しており、はけ口を見つけたかのように我々に吐露される。社内がこんな状態では、ITの上手な活用はおろか、顧客満足度の向上など望むべくもない。そもそも正常な組織として成り立っていないのだ。
皆さんは、どう思われるだろうか。当然IT化は必要だし、顧客満足度の向上も重要だろう。でも私に言わせれば、もっと大切なのが“人”なのである。会社を引っ張っていくために、経営者に明確なビジョンが求められるのは言うまでもない。しかし経営者一人の力だけで会社は動かせない。全従業員が一体となって、同じ体温で、同じ方向に進んでいかなければ、会社の発展はありえないのだ。いかにして“人”に報いるか。顧客満足度の向上をまず、そこから捉え直してみてはいかがだろうか。ちなみに先に触れたデルのオペレーターのうち、実に8割の人間が「今後もこの会社で働きたい」と答えているそうである。
(本記事は、「SmallBiz(スモールビズ)※」に寄稿したコラム「近藤昇の『こうして起こせ、社内情報革命』」に、「第45回 顧客満足度の向上は、従業員満足度の向上あってこそ」として、2003年3月17日に掲載されたものです。)
※日経BP社が2001年から2004年まで運営していた中堅・中小企業向け情報サイト