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他社のIT化成功事例を信用するな

 毎回IT化の失敗事例ばかりを書いているせいもあって、「気楽に考えていたが、IT化とは難しいもんだ。落とし穴だらけじゃないか」とすっかり弱気になっている読者の方もおられるかもしれない。それは誤解である。IT化に当たっていくつか気を付けるべき点があることは確かだが、実際にIT化に成功している中小企業は確実に存在する。
 IT化を成功させている中小企業経営者の方には共通点がある。それは、当たり前の話だが‘経営者として優れている’ということだ。IT化に成功する企業はもともと卓越した経営哲学や販売戦略を持っており、魅力的なサービスや商品を擁している。明確な経営戦略もない企業がIT化したからといって、それで売り上げが伸びるはずもない。それはこのコラムでも何度となく述べてきたことだ。

●IT化の本質はあくまで経営改革

 最近では中小企業を対象にしたIT活用支援が活発になってきている。国家・自治体レベルでITコンサルタント的な人材を養成したり、システム化投資の補助を行なったりしているのをはじめ、毎日のようにセミナーが開かれたり、書店にはIT関連の書籍が山積みになっていたりする。こうした状況の中、IT化の成功事例(あるいは失敗事例)に接する機会も、以前と比べて飛躍的に増えてきているはずだ。

 経営者たる皆さんは、それらの事例をどうとらえ、どういう教訓を引き出そうとするだろうか。「やっぱりIT化は必要だ」「いや、まだ時期尚早だ」…どういう判断を下すかは個々に委ねられるところだが、IT化の本質的な部分、すなわち「しっかりした経営基盤があってこそ、ITは効果を発揮する」ということだけは忘れないでいただきたい。さもないと、せっかくのIT投資も無駄に終りかねない。

 中堅・中小企業経営者を対象にしたある調査結果によると「(IT化の目的は)1に売り上げの拡大、2にコストの削減、業務の効率化」という回答だったそうだ。皆さん、十分に目的を意識していらっしゃるのに、実践できていないケースが目につく。それは少なからぬ経営者が、‘IT化の本質的な部分’を理解せず、経営革新や企業風土、組織の改革などに正面から取り組む覚悟なしにIT導入を進めたからだ。繰り返しになるが、ITツールが会社を変えるわけではない。まずは‘しっかりした経営基盤’ありきなのだ。

●「急がば回れ」がIT化を成功させるコツ

 そうとなると、他社のIT活用事例ばかりに目を奪われるのも考えものだ。「こんなふうに省力化できました」「これだけ経費削減できました」といった耳ざわりのいい言葉ばかりに惑わされては、その成功体験の本質的な部分が見えにくくなる。10社あれば10通りの経営方針があり、当然10通りのITプランがある。A社の事例はあくまでA社の企業風土や環境に沿ったものであり、それがそのまま自社に当てはまるとは限らない。

 そうではない。他社のケースから読みとるべきは、組織を変えようとした経営者のスピリットなのだ。そして、その気構えをどう集団で共有していったかのプロセスである。他社の技術、戦略がそのまま自社でも生かせるケースは、むしろまれだと考えておいたほうがいい。東大の合格体験記で推薦されていた参考書を使った受験生が、みな東大に合格するものでもあるまい。

 といっても、最初からあまり大仕掛けなことを考える必要はない。ことに中小企業の場合、ミクロ的なところ、足元の小さな問題から改善することを心がけてほしい。まずは「パソコン1台で何ができるか?」「その費用対効果は?」「無駄な作業をしていないか?」といったことを「経営者が自分の頭で考える」ところから始めてほしい。例えば1台のパソコンを導入するだけで、随分と省力化できる仕事があるはすだし、データの二重打ちといった無駄な作業も、探してみればかなり存在しているはずだ。

 IT化を成功させたいのなら、まずはこうした事項を1つ1つ経営者自らが掘り起こし、自分で改善プランを考えることだ。身近なレベルから始めていくIT化は決して難しいものではないし、最初からばか高いコストがかかるものでもない。その「効果」も実感しやすいはずだ。小さな成功事例を蓄積していくことで、将来のより高度なIT化も、皮膚感覚でその意義を理解しながら取り組めるようになるだろう。「急がば回れ」である。

(本記事は、「SmallBiz(スモールビズ)※」に寄稿したコラム「近藤昇の『こうして起こせ、社内情報革命』」に、「第13回 他社のIT化成功事例を信用するな」として、2001年11月15日に掲載されたものです。)
※日経BP社が2001年から2004年まで運営していた中堅・中小企業向け情報サイト

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