よしもとゴハン           ~コドクな社員の胃ブクロ旅~

自分が一体なにものなのか知りたいという欲求に素直に従い、僕を何度も救ってくれた大阪グルメと青春時代をできるだけウソなく振り返りたいと思います。

第一章「孤独な魂にハラミを・焼肉多平」

なんといっても多平はハラミだ。一枚一枚お肉が大きくて味がこい。大阪・なんばの高島屋北西角から、横断歩道を西へ渡った路地沿いに多平はある。多平に通うようになってもう25年はたつだろうか。はじめてのれんをくぐったのはTVの取材の仕事だった。西川きよしさんが漫才師になる前、喜劇役者の石井均さんのもとで修業していた頃からお世話になっているお店という事でロケで訪れた。

昭和32年、どこかぶっきらぼうにみえる大将のご両親が創業、今はお姉さんと二人でお店を切り盛りしている。先代にあたるご両親が弟子時代の西川きよし師匠をとても可愛がっていたと聞いた。人とのご縁を大切にするきよし師匠はこのコロナ禍でも時々お店に顔を出しては様子を見に来ているようだ。

ニンニクの効いたしょうゆだれに焼いたばかりのハラミをどかっとつけて一気にほおばる。すると口の中いっぱいに肉の味が広がる。店内には4人掛けのテーブル席が三つとカウンター、僕はカウンターで一人派。心が疲れた時このカウンターが何度自分を救ってくれたかわからない。

ロケの時、瞬時に店の隅々にまで広がる懐かしさのようなものに魅かれた。当時見習いADだった僕はいつも何かに傷ついていていたたまれず、どこにいても自分が場違いな気がして仕方がなかった。社会や組織の中に自分の居場所が見いだせず、周囲にあわすこともできない。

その日は逃げ込むように多平に足を運んだのだった。何があったかはっきり覚えていないがただ少しでも早く、あわただしい世の中から自分を消してしまいたかった(と思う)。今もかわらぬバニラ色のカウンターに二十八歳の僕は少しどぎまぎして座り、瓶ビールとロケの時に見ていつか食べたいと思っていた多平のハラミを注文した。しばらくすると大将が僕にお肉ののった皿を何も言わずに突き出した。

「うまい」。僕は黙々とハラミをかみしめ冷えたビールをぐっとあおった。とても静かな夕方だった、本当に一人きりの。

そんな風にして20分ほどした頃だったろうか、誰も自分を知らない店で一人きりでいることに少し決まりの悪さを感じ始めていた。すると寡黙でぶっきらぼうな大将がふいに手をとめて「兄ちゃん、どこかで見たことあるな。」と話かけてきた。僕は少し食い気味に「そうなんですよ、この間きよし師匠とのロケの時に一度来させてもらいました。」と言った。僕をじっと見つめた後「ああ、あの時の。」と大将はふいに思い当たったようにそう言って、何度かうなずいた。「大変やな、テレビっていうのは」。他愛もない会話だった。けれど僕は僕にそうして言葉をかけてくれたことが嬉しくて仕方がなかった。このカウンターに僕は居場所をみつけたというわけだ。この日から心がつぶれそうな時はいつも多平ののれんをくぐるようにしている。

そして今日も多平は店を開ける、たとえ規制でビールがだせなくても。そして僕らは孤独な魂にほんのわずかな糧を求めて足を運ぶ。そして僕はここに来るたび思い出すのだ。はじめてカウンターに座った僕に「ああ、あの時の。」と言って会話が始まってから大将が掛けてくれた言葉を。 「兄ちゃん、ここは出世するお店やからな。おぼえときや」。

いつかきっとその予言はあたるだろう。そんな風に思いながら、もう25年以上、僕は多平に通っている。


多平(たへい) 

住所:大阪市大阪府大阪市浪速区難波中1-15-3 電話:06-6632-6375    

予算目安:4000円/人

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