おさるあにき

個人的に書きたいものをつらつらと書いていこうと思っている!

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最近の記事

小説 しんものがたり(15)

深淵(15)  浅見の決断と行動は、迅速であった。午前の作業をひと段落させると、毎日、スーパーや八百屋へ足を運び、たくさんの野菜を見て回った。値段・品質から見始め、一週間もすると、ある気づきを得た。“買われた野菜は誰かの食に繋がる”ということだ。浅見の中で農作物は作り上げるものでしかなかった。しかし実際に売られている現場へ足を運べば、そこには客と店員・需要と供給の意思疎通がリアルに感じられた。購入されたあとが大事なんだ。浅見は再度、自分に言い聞かせた。そしてもう一つの気づき

    • 小説『しんものがたり』(14)

      深淵(14) 店主は、浅見の話を遮った。 「いやはや、わかりましたわかりました。浅見さん、話は概ね理解しました。あなたが本気で農業に取り組んでいるとのことだから、私も本気でいうんですが、はっきり言ってあなたは勉強不足です。あなたが仰っていたことは全部、ネットや本に載ってあることでしょう。問題はそれが現実に根ざし実を結んでこそなのです。このキャベツ。正直言って、誰にでも作れます。皆があなたの話を聞くのは、あなたが女性だからですよ」  浅見は血の気が引いたような感覚に陥っていた

      • 小説『しんものがたり』(13)

        深淵(13)  季節は春であった。四月の下旬。二十歳の芯は、ようやく仕事に慣れてきたころであった。店頭に並ぶ春野菜。春キャベツ、新玉ねぎ、筍。どれもすべて水分をたくさん含み、青々とまた、大きくたくましくその季節の旬の体裁をなしていた。芯の心も、大きく開放的になっていた。仕事上で起こったミスを真摯に受け止められるようにまで成長していたからである。 『一度も間違ったことのない人はいないだろう。それは何にも挑戦しなかった人だ』—これは世界最大のドーナツチェーン『ダンキンドーナツ』

        • 小説『しんものがたり』(12)

          深淵(12)  芯は、時に二十歳。成人を迎えた彼は就職をした。社会のことなど右も左もわからぬ新社会人。その職場は、地産地消を謳う野菜専門の産直市場であった。勿論、料理もしたことなければ、育てたことすらない。つまり野菜のことなど一切興味なかったわけである。  最初はアルバイトとして入社した芯。初めてのアルバイトであった。初出勤。彼は根拠のない自信にあふれていた。自分は自分の要領をちゃんと把握している。アルバイトといえどもレジや品出し程度、落ち着いてやればなんだってできる!そん

        小説 しんものがたり(15)

          【暖かみ】

          春といえども、陽の光は常に降り注ぐわけではない。 四季を通して一貫する天気の変化。雨天も晴天も、それらはまるで人の表情のようだ。表情に心がのる。その豊かな感情の舞が、数多(あまた)のドラマを生み、生と死を彩っていく。 雨は雨雲から、光は太陽から。どんな天気であれ、雲の上には太陽があり、僕らの前には光が届いている。 僕らは一喜一憂をする。感情という宝を持ち合わせているからだ。 僕らは喜怒哀楽を感じる。冷静という宝を持ち合わせているからだ。 光が当たり、ひとたびにきらきらと輝けば

          ひらがなしぇりーさん歌ってみたMV動画“Cncentration”の制作秘話

          どこかで。 「日本人は詩を詠み、その美しさを感ずる」と、きいたことがある。詩の中で生きる言葉や形状・情調を、詠み味わいつくすことに長けているというのである。  VTuberのひらがなしぇりーさんから動画制作の依頼を受けた。うたってみた動画のMV(ミュージックビデオ)の依頼である。  しぇりーさんがカバーする歌はイラストレーターさいとうなおき氏オリジナル曲の『Concentration』であった。制作に取り掛かる前に、数回その曲を聴いてみて自分が感じたのは、“これは『自信』を思

          ひらがなしぇりーさん歌ってみたMV動画“Cncentration”の制作秘話

          結城澪さん歌ってみたMV動画“stone ocean”の編集の制作裏話

           結城澪さんの歌声は、とてもパワフルで張りがあり、その中で奥ゆかしさが生きていた。“stone ocean”という歌。澪さんから依頼を受けて私は、早速、“困難”にぶつかった。その困難とは“VTuberらしさ”である。私が持ち合わせている編集スタイルは、もっぱら動きのある実写映像のカスタマイズ編集であり、その中で得意とするのはテンポ感のある、いわば『跳ねるコンテンツ』であった。しかし、このVtuber界隈では、立ち絵と称する自身のその歌のイメージに合った“一枚絵”を、表情や手ぶ

          結城澪さん歌ってみたMV動画“stone ocean”の編集の制作裏話

          小説 しんものがたり(11)

          深淵(11)  芯は、コミュニケーションが大の苦手だった。小学生の頃は、そこはかとなく明るかったようだが、中学に入り、いじめならず”いじり”を体験する。人を笑わせるのが好きな芯の性格が幸にも不幸にも、“彼ら”を楽しませた。芯の中で今自分がされていることはいじめではないと分かっていたし、馬鹿にされているという感覚さえもなかった。ただあったのは“疲れ”である。今彼が感じている疲労は爪のようなもので、死んだ努力なのではないか。努力跡の屑ともいうべきか。長く伸びた爪は、身体を不意に

          小説 しんものがたり(11)

          付き合いは評判。社会は賞罰。自身は勝負。

          朝晩の冷え込みが強まり、はぁと吐く息の色が白くなっているような錯覚に陥ってしまう。目前には多忙極まる師走12月が待ち受けている。その感覚が一層、錯覚に拍車をかける。 私の周りには新たな挑戦をしている方が幾人かいて、各人が四苦八苦の最中であったり、無気力あるいは無感動に住み、はたまた逆に痛快であったり、多忙と躁鬱の分析から自身のよりよい生活サイクルの発見というようなドラマを巻き起こしている。 というかく私も挑戦している身である。若輩者ではあるが、自身の体験を踏まえ、友の

          付き合いは評判。社会は賞罰。自身は勝負。

          小説 しんものがたり

          深淵(10) 芯は、猫に話しかけた。「お前は、俺に看取られて嬉しいか」瀕死な猫の心臓の鼓動は、息を潜めながらも確かにそこにある。音も聞こえねば、形も動作もしっかと見えないが、生きている生命は確実に目前にある。芯は困惑してしまった。今にも死にそうな猫を前にして、“無力”の二字しか神経に脈打たなかったからだ。声を届けたい。自身の内奥にある、純粋で全うな“救ってあげたい”と強く思う心を届けて励ましたい。 芯は即座にスマホを取り出し、YouTubeを開いた。ワード検索アプリを立ち

          小説 しんものがたり

          ほふく前進の八月

          力。力なくしては戦えぬ。剣振り切る居合の力。邪見打ち破る知性の力。どうあろうとも自身貫く正義の力。力を得なければならぬ。 無意識な生蝉の幼虫は硬い木の中で生まれ、足下の地において成長す。ひまわりはその種子蓄えながら、日に向いてその成長をす。蝉にいたっては、数年した後、地上へ這い出た瞬間、野鳥に食べられるかもしれぬ。ひまわりも、根はった大地が肥沃でなければ十分に育たぬかもしれぬ。それでも彼らは、地上へ這い出て、上へ上へと、その無意識の中で生を全うしていくのである。 正とか邪

          ほふく前進の八月

          平坦の七月

          七月。この一年もいよいよ後半である。七月、またの名を”穂含月”ともいう。稲の穂が実る時期であるところから来ているようだ。 平坦であること 平坦とは、浮き沈みの総称であると私は思う。心踊り、やることなすことが、目に見える全てがキラキラと輝く”楽しさ”もある。盲目に陥り、周囲へ疑いを向け、美しい言葉で論じられた停滞に陶酔(とうすい)し、”落ち込む”こともある。 地平線とは、まっすぐではない。丸み帯びる地球に存在している。浅深の波、高低の山、四季折々の自然、それらを網羅して一

          私の生死観

          私は、それこそ生と死について過ぎるほどに悩んできた。今もなおそうである。 私自身の普段の生活や仕事の中での"生死”は常に真隣に息を潜めていて、時に心の振動によって、その不可思議な実体を感じさせ、まさしく動揺させられるのである。 とにかく私は生きるのがつらかった。 何よりも他人に迷惑をかける自分に嫌気が差し、他人を不快にさせる人間にあきれ果てたのだ。そう考えこんでいる自分に酔うことで、なおさらに嫌気が差す。その繰り返しであった。 ある年の二月。 私を第一に愛してくれて

          4月への所感

          4月に入り、桜前線も北上を続け、その萌え立つ桜花爛漫は、笑顔の連鎖を生み出し、現代の人々の心をいやす。 "散る桜 残る桜も 散る桜"という句がある。どの桜も芽吹いては、花を咲かせ、散りゆき、またその芽を息吹かせる。そんな至極当然な花の生き方も桜を思い浮かべることで納得する人も少なくはないだろう。 4月は”新”学期や”新”社会人、”新”年度と、未開拓なものに飛び込む時期でもある。希望を抱いている人もいれば、ざっくりとした不安におびえている人、はたまた必死がゆえに虚ろな表情を

          4月への所感

          小説 しんものがたり

          深淵(9)  午後21時、芯は猫のそばで座っていた。時折に猫の状態を確認するが死んでいるのではないかと思うほどに、その体は微動であった。ただ呼吸をし、死を待つのみの生き物なのか。芯にはそう見えて仕方がなかった。  芯は豊田の心に思いを馳せてみた。彼はなぜ、今この瞬間になって保身を選んだのか。なぜ一人ぼっちにはさせぬかつ、命を救おうと覚悟したその数日後に、こうもはっきりと手のひらを返したような真逆の言動をとるのか。そう考えていると芯の中にもある思いが湧き始めた。なぜ、自分

          小説 しんものがたり

          小説 しんものがたり

          深淵(8)  芯は豊田とともに、猫の様子を見に行くことにした。猫の目は開いておらず、脱力に支配された身体でかろうじて呼吸をするのみであった。その呼吸は深い。声をかけれども反応は見せなかった。「俺だってわかっているんだ」そうつぶやくと豊田は猫の体をさすった。 「芯さん。この猫は死ぬんだ。さすがに見てて分かる。道端で見つけた時、一羽の烏(からす)が、こいつの周囲をうろちょろとしていたんだ。時折、つついたりして死んだかどうかを確認するんだ」 猫をさする手がピタリと止まり、

          小説 しんものがたり