【小説】「これは、保存用」
彼はよく写真を撮る。
例えばおいしかったパスタ。例えば綺麗だった月。例えば高得点を取ったゲーム。
スマホで撮った、工夫も加工もほとんどない画像を送りつけては感想をねだる。
最初は恋人と何でも共有したいめんどくさいタイプかと思っていたけれど、話を聞くとちょっと違う。わたしだけでなく適当に知り合いに送っているようで、つまり、こいつにとって写真というのは、単なる世間話の延長に過ぎないらしいのだ。
世間話を忘れていくように、送った写真は端から消していくようで、彼の写真フォルダには、記念写真以外ほとんど何も残っていない。
「写真っていつ撮ってんの?」
ソファの前に座り込んで無心にケーキを食べていた彼は、きょとんとした顔でわたしを見た。名残惜しそうにフォークをくわえたまま中空を見つめる。
「ふつうに?」
「ふつうって何」
「だって考えたことねーもん。撮りたいなと思ったら撮る、みたいな」
「ふうん?」
視線をそらしたわたしを見て首をかしげてから、彼は再びケーキを食べ始めた。彼がフォークを刺すたびに、白いクリームの合間から赤いイチゴがあらわれては消える。
「それおいしい?」
「最高。一口いる?」
「いらない。それは撮らないの?」
「もう食べ終わるし、また今度」
最後の一口をすくい取って、彼は満足そうに笑った。白いクリームが口の中に消える。
「……わたしといるの、楽しくない?」
「うん? なんで?」
「……撮らないから」
口にしてしまってから、嫌な想像が頭を巡る。例えば世間話にする価値もないくらいつまらないだとか、浮気相手だから会っていることを誰にも悟られたくないだとか。そういう、嫌な想像だけが。
彼は怪訝そうに眉を寄せて、お皿の上にフォークを置いた。
「だってお前、撮ると怒るじゃん」
「は?」
「笑ってるとことか、そーやってなんか知らないけど拗ねてるとことか。撮らせてくんないでしょ」
唇をとがらせて、どこか必死に、彼は、
「だから、我慢してんの」
そう言って、かすめ取るように、一枚写真を撮った。
「えっ、と、それは、」
怒ることもできずに、呆然とするわたしをもう一枚撮って、彼は満足げにスマホを見つめる。
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