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僕らの街【#2000字のドラマ】

これでもかと言うほどまっ青な空に洗濯したばかりみたいな大きな雲が浮かんでいる。

「クジラの形みたいだな」

隣でソーダのアイスを食べていたタツヤがポツリと言った。

「えっ?何が?」

「あれだよ。あの雲だよ」

タツヤは煩わしそうにアイスを口から離して、目の前に浮かぶ大きな雲を指さした。アイスは鉄板級に暑い夏の日差しを受けて溶けかけている。


「そういや、そうだな」


気のない返事で返した。

誰もいない公園の高台。
僕とタツヤは正気でいられないほど暑い中、いつもの場所で2人で過ごしていた。

眼下には2人が生まれた時から過ごしている街が広がっている。何の感動も勇気も湧いてこない、ただの灰色の見慣れた景色。それが僕たちの街だ。


「あれ?あそこって元々何だったけ?あの空き地になってる所。元々空き地じゃなかったよな?」


急に質問されて、タツヤの指の先が示す方を見る。
確かにそこに新たに空き地になった場所があった。雑草がまだ生えてないから最近空き地になったことに間違いはない。
だが前に何が建っていたのか、消しゴムで消してしまったみたいに思い出せない。

「あそこ何だったかな?」

顎に手を当て考えているとタツヤは不意に話題をトオルの話に変えた。


「なぁ、これからトオルの家行くか?」


「うーん、トオルなぁ」


「また『来るな』って言われるかな?」


タツヤが面白くなさそうに口を尖らせる。アイスは後3口ほどで終わりそうだが、勿体つけるように一気に食べない。それがタツヤ流のアイスの食べ方なのを小さい時から知っている。


タツヤの言う通り、
トオルは『来るな』と言うだろう。

トオルも僕たちと同じく小さい頃からこの街で暮らしている幼馴染だ。
トオルの家は昔から豆腐屋をしている。その店主だったお父さんがちょうど半年前に癌で亡くなったばかりだった。
お店はトオルのお母さんが継いだのだけれど、まだ幼い弟達がいるので手が開かず、実際殆どの仕事は長男のトオルがしていた。トオルは好きだったサッカー部も辞めて、学校へもあまり来なくなった。多分働いているのだ。


『仕方がないよ』


それが、トオルからその話を聞いた最後の言葉だ。

仕方がない。

それは分かってる。でも、と口を開きかけたけどその後を僕は無理やり飲み込んだ。
何かそれらしい立派なことを言ったところで、非力な17歳の僕には何もできない。

それ以来、トオルは遊びに誘っても来ないし、連絡を入れても返事はない。家に様子を見に行っても『お前らとつるんでる暇は無いから』の一点張り。

僕たちはもうすぐ高3だ。所詮受験に追われ大学やら専門やらへ進めば、自然と会わないのに変わりはない。

無いのだけれど。


答えを求めるように、街を見下ろすもそこには見慣れた景色が広がるだけだ。

トオルが一度言い出したら聞かない頑固者だと知っている。そして、それ以上に優しい奴だと知っていた。

何故大人は、人に優しくあれと強制するくせに優しい人を救う法律を作らないのだろう。そんなクダラナイ事を考える。

「あ、思い出したぞ!あそこ昔映画館じゃなかったけ?」

「えっ?映画館?」

急に思考を遮られ、驚いてタツヤが嬉しそうに指差す方を見ると、そこは先程話題にしていた空き地だった。タツヤは思い出したように呟く。

「俺、あそこ好きだったんだよなぁ。結構前に潰れちゃって寂しいなって思ってたのに、何で忘れてたんだろう」

その映画館には覚えがあった。
小さなフィルム式の映画館で、上映する映画は古いけど、親しみがあった。フィルムを操るおじいさんはいつも汗をかいていて、ニコニコしながら飴をくれた。暗い中に光り輝くおじいさんの笑顔を思い出す。


「そうだ、映画館だ。何で忘れてたんだろう?」


見慣れた景色が実は少しずつ様変わりしている。

当たり前のことなのに何だか寂しさを覚えて、改めて街を見下ろすけど、街は相変わらず素知らぬ顔で灰色の景色を見せた。


結局、僕達も同じなのだろう。

これから先、僕たちだって大事な何かを入れ替えたり、親しみのあったものを上書きしたりして、いつもの顔のフリして少しずつ様変わりして行くのだ。

前に自分にとって大事だった場所に何があったかも忘れてしまうぐらい。

トオルはだってそれが分かってるからこそ、僕達を拒絶するのだ。

だけど、


「なぁ、やっぱりトオルの家行こうぜ」


僕がそう呟くと、それを聞いたタツヤはもうすっかり食べ終えて棒だけになったアイスを咥えてニンマリ笑った。


いつの間にか消えて無くなり、

何処か彼方へ去ってしまうとしても。


僕は今を生きたい。


僕は今、目の前にあるもの大事にしたい。


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