初めて読むならこんなミステリ

はじめに

小学校の頃に赤川次郎の三毛猫ホームズシリーズを読み漁り、徐々にミステリ沼にハマっていきました。人並み以上にはミステリを読んだつもりです。中には昔読んでたらミステリ嫌いになってたなぁとか、初めて読んだときはイミフだったけどミステリの文脈知ると面白いなとか、そういう本もあります。読む順番は非常に大事。というわけで、ミステリ沼に突き落としてくれるおすすめミステリをご紹介します。
※とっつきやすさ、面白さに加えて新刊で手に入ることを基準に選んでいます

短篇部門――手軽に面白いミステリを

1.青崎有吾『早朝始発の殺風景』

 青春は、気まずさでできた密室だ——学校へ向かう始発電車で。放課後のファミレスで。観覧車の一室で。高校生のほろ苦い青春が謎と巧妙に絡み合う、ワンシチュエーションミステリ短編集。

 あまり話さないクラスメート。微妙な距離感を感じる友人。何かを隠す部活の後輩。気まずさでできた空間で、些細な手がかりから秘密が解き明かされていきます。読後の爽やかさ、ほろ苦さはもちろん、伏線の周到さや真相の意外性も抜かりなく、とても完成度の高い青春ミステリです。

2.阿津川辰海『透明人間は密室に潜む』

 透明人間による不可能犯罪計画、法廷で六人のアイドルオタクが繰り広げる多重推理、殺人の瞬間を捉えた録音データ、脱出ゲームが進行するクルーズ船での拉致監禁。ミステリの可能性が詰まった短編集。

 長編でも成立しそうなネタが、短編にぎゅっと濃縮されています。それでいて推理に隙はなく、洗練された短編集です。阿津川辰海はデビュー作『名探偵は嘘をつかない』をはじめとし、長編では分厚く、高カロリーな作品を繰り出します(『蒼海館の殺人』は講談社タイガ文庫No. 1の分厚さです)。伏線とロジックがめちゃくちゃ上手いのに、その分厚さで敬遠してしまう。そんなときにおすすめしたい一冊です。

3.米澤穂信『儚い羊たちの祝宴』

 令嬢らが集う読書サークル「バベルの会」。合宿を前に、丹山吹子の家で凄惨な事件が――(「身内に不幸がありまして」)。レトロな雰囲気が漂う中、最後に鋭い真実が突きつけられる短編集。

 この作品はなんと言っても雰囲気作りが上手い。大正チックな懐古趣味と、少女たちにまつわる冷酷な真実がマッチしています。この短編集は「フィニッシングストローク」――最後に明かされる真実に重きが置かれており、ミステリの楽しみがぎゅっと詰まった短編集です。

4.横山秀夫『第三の時効』

 時効成立間近の殺人。班長・楠見のみが知る「第三の時効」とは何か? F県警捜査一課、曲者揃いの班長たちを描く連作警察小説。

 この作品はまず、刑事たちの生き様を描く警察小説です。著者の横山秀夫は記者として十二年間勤務し、警察描写のリアルさに圧倒されます。刑事をある種の職業人として描き、その人物描写は鬼気迫るものすら感じさせます。一方でミステリとしても優れており、伏線や意外性といった要素を、警察小説の中に上手く仕込んでいます。


長篇部門――重厚さを求める人に

1.綾辻行人『十角館の殺人』

 K大学推理小説界の面々は、角島と呼ばれる孤島で合宿を開催した。彼らが泊まるのは「十角館」と呼ばれる十角形の館である。その頃本土では、かつての会員・中村千織の事故死について告発する文書が、関係者へ送られていた。そして十角館で、凄惨な連続殺人の幕が上がる。

 ミステリ界の金字塔である作品で、何人もの人間をミステリ沼に突き落としています。絶海の孤島、過去の不審な死、連続殺人……と要素は満載。短い作品ではないものの、中盤は連続殺人によるサスペンスで決して飽きません。そして結末は……。

2.倉知淳『星降り山荘の殺人』

 雪に閉ざされた山荘に集ったのは、UFO研究家、スターウォッチャー、売れっ子女性作家と癖の強い面々。交通も電話も遮断された山荘で、連続密室殺人が発生し――

 まず特筆すべきはその読みやすさです。著者が普段からユーモアミステリを書いているだけあって、すらすらと読み進められる。登場人物が生き生きとしつつ中盤以降は密室殺人で物語を牽引し、後半には意外な展開も待ち受けています。本格ミステリの美味しいところがすべて詰まった一冊です。

3.泡坂妻夫『11枚のとらんぷ』

 真敷市立公民館で開かれた奇術ショウ。”袋の中の美女”という演目の直前、袋から出てくるはずの水田志摩子が、同時刻、自室で遺体となって発見される。同じ奇術クラブに属する鹿川は、屍体の周りに置かれていた品物が、は自分が書いた小説「11枚のとらんぷ」に対応していると、警察に力説した。

 この作品には、登場人物である鹿川が書いた小説「11枚のとらんぷ」が実際に挿入されています。奇術のタネを用いた掌編ですが、まずこれらの完成度が高い。その上手がかりとしてもきちんと機能しており、作品の緻密さが窺えます。

4.相沢沙呼『medium 霊媒探偵城塚翡翠』

 数々の難事件を解決してきた推理作家・香月史郎。彼が出会った女性・城塚翡翠は、霊媒で死者の言葉を伝えることができるという。証拠能力のない翡翠の霊視に論理を組み合わせ、二人は難事件に挑んでいく――

 近年話題になった作品なので、知っている人も多いでしょう。いわゆる「特殊設定ミステリ」と呼ばれる枠組みに入る作品で、現実ではあり得ないような設定をミステリに組み込んでいます。面白いのが、事件に対し「霊視」と「推理」の両方にアプローチしている点で、ひとつの事件に対し複数のルートから解決を試みるという濃厚な本格ミステリとなっています。

海外部門――日本にはない面白さを

1.アガサ・クリスティ『そして誰もいなくなった』

 イギリス、兵隊島に招かれたのは、面識のない八人の男女。夕食の席で、彼らの過去の罪を暴く謎の声が響き渡る。そして無邪気な童謡の歌詞になぞらえて、ひとり、またひとりと殺されていく……

 有名なクリスティ作品は大体面白いのですが、ノンシリーズで手に取りやすいのが本作です。見立て殺人という、童謡などになぞらえた殺人が扱われています。この見立て殺人には、殺人がこれで終わりでない、とはっきり明示する効果があります。それにより緊迫感は高まり、真相の明かされる終盤まで一気に読ませるのです。


2.フレドリック・ブラウン『真っ白な嘘』

 雪の上の足跡を巡る謎が鮮やかに解決される「笑う肉屋」、真相の意外性が光る「闇の女」……奇抜な着想で魅せる短編集。

 フレドリック・ブラウンの短篇はまず、シチュエーションの奇妙さが目を引きます。こびとの男、電気をまったくつけようとしない宿泊客。このアイデアからどんな話が飛び出すのか――と思って読み進めると、意外な結末に着地しています。本作が気に入ったなら、同作者による『踊るサンドウィッチ』も楽しめるでしょう。


3.ハリイ・ケメルマン『九マイルは遠すぎる』

 ニッキイ・ウェルト教授がふと耳にした言葉――「九マイルの道を歩くのは容易じゃない、まして雨の中となるとなおさらだ」。このフレーズから教授は推論を重ね、なんと前夜の殺人事件の真相を暴き出す!

 この小説で重視されるのは真相そのものというより、そこに至る論理です。したがって、他の作品よりも地味に感じられるかもしれませんが、ミステリのエッセンスを凝縮したような短編集に仕上がっています。


4.陳浩基『13・67』

 二〇一三年から一九六七年へ、名刑事・クワンの人生を遡る形で描かれる本格ミステリ。香港社会の変化を描きつつ、それぞれの事件でクワンは知恵と機転を活かし、事件の裏をかいくぐっていく。

 アジア圏からも一作。短編集ですが、それぞれの作品の密度が凄まじいです。混沌とした香港で起こる事件と、権謀術数でそれに立ち向かうクワン。全てを読み終わった後は、香港の変化を描いた長編としても見ることができます。


おわりに

 三つのジャンルに分け、おすすめのミステリをご紹介しました。優先したのはとっつきやすさ、読みやすさですが、どの作品もミステリとしてとても質が高いと断言できます。この記事が、一人でも多くの人の読書案内になりますように。

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