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人生

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人生について徒然なることを徒然なるままに書いています。
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記事一覧

8月日記|美しい、瞬間は。

■春の日のメロディーポストを開けると、夜空色の封筒が入っていた。見覚えのあるその封筒。受け取るのは2回目だ。 中身はわかっていた。だからこそちゃんと落ち着いたときにこそ開封したいと思っていたら、数日が経っていた。静かな部屋の中で一人そっと封を開ける。中に入っていたのは、数枚のモノクロ写真と折りたたまれたメッセージ。私は一瞬で「あの日」に戻っていった。 * * * 春の昼下がり。窓から明るい日差しが降り注ぐなか、長テーブルを囲んで、それぞれが思い思いに食事と会話を楽しん

6月日記|書くこと。読書スタイルの変化と人間関係のこと。

■宝物のようなほめ言葉6月某日。尊敬する方に、お見せした原稿を手放しでほめられた。今でも夢なんじゃないかと思う。書くことを人生のなりわいの一つにしているとはいえ、本当に尊敬している––高校生の時から知っている––プロの書き手の方からの言葉だったから。 あたたかいお言葉と「!」やニコニコマークがいっぱいの感想原稿を受け取った日から、何度も見返している。愛を持って厳しいことも率直におっしゃる正直な方からの賞賛だったからこそ、うれしくてしょうがない。 上っ面だけの賞賛や心ない

7月日記|Relish【動】〔食べものや経験を〕味わうこと

■過去からの贈りもの 7月某日、大学の先生からメッセージが届く。今年ゲストとして大学1年生向けの授業にお邪魔した。その受講生の提出課題についてのお知らせだった。 提出課題は、それぞれの学生が趣向を凝らした短い動画形式でまとめられていた。数ヶ月前、授業で私が話したこととリンクするような内容もいくつかある。技術的には荒削りでも、圧倒的な素直さで胸のど真ん中に飛び込んでくる言葉や表現。目の奥が熱くなって、思わずまばたきした。 小手先の技術は、圧倒的な素直さの前にはひれ伏すしか

5月日記|ユーラシアの向こう側–光を追いかけて

■プロローグ日本から飛行機を乗り継いで25時間ほど。ロンドン、ヒースロー空港。子どものときから好きで、年末にはいつも観たくなる映画の舞台。人生2回目のヨーロッパ旅行はそこからスタートした。 イギリスへの入国手続きはあっけなく終わる。EU諸国やカナダ、オーストラリアなどといった国のほか、日本や韓国のパスポートを持っている入国者は、無人ゲートでパスポートを機械にスキャンさえすれば、すぐに入国できる。それ以外のパスポート保有者は、有人ゲートに並ぶ必要がある。映画やドラマで見るよ

3日前まで『BLUE GIANT』を知らなかった私が、映画館で泣き崩れた話|音楽は今でも素人だけど。

■音楽への無知さが生んだ「食わず嫌い」 そんな文字が踊るほどの有名作品でも、なんとなく素直に飛びつけないことがある。世の中の話題についていくためにも、最低限触れておいた方がいいものはたくさんあると頭ではわかってはいるのだが。 昨今でいうと、映画『BLUE GIANT』がまさにそうだった。職場や身近なコミュニティー内でも早いうちからかなりの話題になっていた。 曰く、「絶対行ったほうがいい!音楽が本当に素晴らしい!」「(作者の)石塚先生にサインもらった……!もう家宝!」「轟

1月日記|ソウル、そして日常。

■6年ぶりの海の向こう 2024年の2日目。10年ぶりに韓国を訪ねた。人生3度目の訪韓。 海外旅行は実に6年ぶり。コロナで海外渡航も難しかった2021年、海外に行けるようになったらすぐに行けるようにと新調したパスポートは、お披露目になるまでに実に3年がかかった。 成田空港とも6年ぶりの再会だ。6年前も今回も、年明け早々日本を発つ。クリスマスや年越しのシーズンを過ぎてから海外渡航するのは、飛行機のチケットやホテル代が少し安くなるというのが理由。だけど、非日常的な季節に旅

連なる記憶

夜空という名のキャンパスに、大輪の花が次々に、そしてどこまでも咲き誇る。視界いっぱいの、いや、視界を優にはみ出すほどに大きな、一瞬だけ咲いては消える花たち。 花火の開始直後はとにかく大興奮で、この壮大な景色をどうにか記録しようと必死でスマホの撮影ボタンを連打していた。でも今はただ、この夜を記憶しようと空を見上げている。スマホの代わりに、慣れ親しんだブランドのお酒の缶を持ちながら。 * * * 遡ること、数時間前。ユキさんと私は、人で混み合う東京駅地下・グランスタにいた。

「ページターナー」小説『PACHINKO(パチンコ)』の魅力

■「そんなに有名だったとは・・・」久々に「まとまった感想を書き留めておきたい」という本に出会った。「まとまった文章を書きたい」と思っていた頃に、ちょうどこの本に出会い、突き動かされたとも言えるかもしれない。 それは、2017年2月に原作が刊行され、2020年に日本版が刊行された『パチンコ』という小説だ。アメリカでは100万部を突破し、オバマ前大統領の推薦もある。原著のAmazonレビュー評価は13,700件を超え、平均評価は★4.6。柳美里さんが『JR上野駅公園口』で受賞し

失う寂しさ、出会えた喜び

出会うはずのなかった本。 そしてきっと出会うべくして出会った本。 『昨夜のカレー、明日のパン』は私にとって、そしてこれを偶然読んでいるあなたにとってそんな本かもしれない。 …とここまで書いてキーボードを打つ手を止めた時、かけっぱなしにしていたBGMがディズニー映画『リメンバー・ミー』の主題歌に切り替わった。出来過ぎている。どちらも逝ってしまった人を想いながら生きる人を描いた作品だから。 ♪リメンバー・ミー  忘れはしない  リメンバー・ミー  夢の中で  離れていてもい

大好きなあなたへ。

TVのない生活を10年以上している私にとって、音楽を聴いたり、新しい曲を知ったりする手段はもっぱらYouTubeかAmazon Musicだ。瑛人の『香水』もKing Gnuの『白日』もNiziUの『Make You Happy』も。 本家を知る前に、「歌ってみた」「カバー」で曲を知ることもよくある。もしかしたらそのケースの方が多いかもしれない。 一度ハマると延々と同じ曲を聴き続けるタイプの私は、最近、島津亜矢の『アイノカタチ』をよく聴いている。この曲は元々MISIAが歌

苦くて甘い「乾杯」を、一緒に。

あのお酒とあの思い出ハタチを迎えてから10年が経った。10年もあれば、大学や地元、会社や旅先でのいろんな「お酒」の思い出がそれなりに降り積もっている。 学生の懐にもやさしい値段の飲み放題のお店で、おそるおそる飲んだカシスオレンジ。だだっ広い河原でバーベキューをしながら、喉に流し込んだ缶チューハイ。寒い冬の恒例だった誰かの家での鍋パーティーに、必ずといっていいほどあった梅酒。たまに帰る実家で「せっかく季世が帰ってきたから」と、家族が用意してくれていた地元の日本酒やワイン。社会

時代を超えて「いいもの」が遺る理由−外山滋比古さんの訃報に寄せて

考えるのは面倒なことと思っている人が多いが、見方によってはこれほど、ぜいたくな楽しみはないのかもしれない。 −『思考の整理学』あとがきより。 1.本棚にあった著者の生きた証 『思考の整理学』(1983)を著した外山滋比古さんが96歳でお亡くなりになりました。 この本のタイトルを一度は聞いたことのある方も、または実際に手に取ってみた方も多いのではないでしょうか。 訃報を聞き、私はすぐに本棚にあった『思考の整理学』を手に取りました。著者の外山さんの不在を実感できないままに

梅色の春

先日、庭園に梅を見に行った。梅のあの少し角ばったような枝ぶりやごつごつとした木肌、そして丸みを帯びた花びらが私は殊の外すきだ。 桜以外の「花見」をするようになったのはいつからだろう。少なくとも学生時代はなかったような気がする。梅、藤、椿、紫陽花、バラ、ネモフィラ、水仙…。大体どれも大人になってからわざわざ足を運んで見に行くようになったものばかりだ(ネモフィラはまだないけれど)。 桜を見るときは、盛りを見逃さないように、なんだか気持ちが急いてしまったりするものだけれど、散っ

ゆめはいまもめぐりて。

年末年始、地元に帰った。高校卒業までを過ごした街。 新幹線で北へ向かうその車窓からは、トンネルをくぐるたび、視界に白の面積が増えていくのが分かる。雪が、枯れ木に花を咲かせているのだった。 駅のホームに降り立つと、お馴染みの凛と冷えた空気が身体を包むのがわかった。春夏秋冬をどれも等しくこの街で過ごしたはずなのに、この街を思い出すとき真っ先に浮かぶのは冬の記憶だ。 最高気温すら氷点下を記録することも珍しくないこの街で、寒さに奥歯を震わせながら足早に歩いた通学路。夜寝る前、凍