夢で見た家

 最近ちょっといい夢を見た。
夢に出てきたのは、間違いなく祖父母の住んでいた家だった。その家は、少し前に解体されて、今はその場所に別の家が建って、新しい家族が住んでいる。

はじめに見えたのは棚だった。自分がすごく近づいているからか棚の真ん中の枠しか見えないような状態だったんだけど、それが祖父母の家の和室にあったのなのはすぐにわかった。家の中でも特別記憶に残っている棚だったから。
祖母は茶道をやっていて、その道具を置いているところだから、触ることは厳禁なんだけど、子供達で和室で遊んでいる時、こっそり棚の引き戸を開けて見たり、飾り物を置くようなところに色々隠したりしていた。そこにあった飾り物の中に、山から拾ってきた石にお地蔵さんをマーカーで書いた石がいっとう大切に飾られていたのは覚えているけど、夢の中にそれがあったのかはよく思い出せない。
その代わり、飾り物の中でも自分が気に入っていた松の置物が、自分の目の前の棚に飾られていたことは覚えている。あれは、子供が両手で持てるようなケース入りのジオラマで、薄い木でできた、シャドウボックスみたいな感じで立体感をつけているやつだった。あれを見つめていると、ジオラマの中に入ったような気分になるから好きだった。何をするでもなくじっと見つめてその空間に入り込むことができた。
でも、その棚にはそれらの飾り物が全部揃っているわけじゃなかった。
それで思い出した。
これは形見分けの時に見た棚だ。
あの時は虫食いみたいに残された思い出の品を、それでも自分が手に取ることに罪悪感を覚えて、自分の思い出の品に限っては全部置いていってしまったんだ。
だから、これはあの家がまた会いにきたのかと思った。
今持って帰ったら、この思い出を自分のものにできるだろうか。その時それはとても魅力的な提案に思えた。
ふと悪い気が差して、和室の外に出ようとする。そうして振り向いたところで、これはダメかもしれないという予感がなぜか突然脳裏をよぎった。
聞いたことがある。
夢の中で家を歩いて、何か「あるはずのないもの」に出会ってしまうと呪われる、という話。和室を通り抜けるには、間取りの都合でリビングと、ダイニングと、祖父の部屋と階段を見なければならない。自分にそれができるだろうか。慣れ親しんだ家の、少し覗いたドアの隙間から、違和感を感じ取れずにいられるだろうか。そう思うと、この家は随分広すぎるように感じて、次の歩を踏み出す気力がすうっと消えていった。
冷静さを取り戻して、ふと棚の方に向き直ろうとした時、床の間が視界に入った。視界に入って、そのまま無視した。何が飾られていたのかははっきり見えなかった。見ていなかった。
外に出ることもできずに、じっと棚を見つめていると、気持ちが落ち着いてきた。落ち着いて、だんだん自分のさっきまでの自我からも離れていくような、明晰夢が終わるような感覚があった。
そして意識の遠く向こうから、誰かの声が聞こえるのがわかった。女の人の声、そしてもっと遠くに男の人の声。男の人が何をいっているかはわからないが、女の人の声ははっきり聞こえる。近づいてきているようだった。
「ここはあなたの家じゃない。」
「ここはあなたの家じゃない。」
同じ言葉を繰り返していた。
その声が近づくにつれて、目の前の風景が溶けていく。景色の輪郭がぼやけて、家の中のいろんな部屋が見えては、その間取りが組み替えられていった。家の形が変わっていく。現実の祖父母の家も解体して建て替えていたから、きっとそういうことなんだろう、不思議と納得した。まだ浅い夕日の中で、家が溶けていく様子はまるでこの家自体が昔の夢から覚めるみたいな感じだった。そうして祖父母の家を認識できなくなると、いつの間にか夢から覚めていた。

この夢はきっと、自分の夢であり、祖父母の家の夢でもあったのだろうと、そう思った。
ではあの声はなんだったのだろうか。自分は解体後の入居者にあったことはないが、もしかするとその人たちの声だったのかもしれない。

そう、蛇足かもしれないが、あの家はもうないから言ってしまおう。
自分が床の間で見たのは、飾りのない鏡餅と、白いおくるみに包まれた赤ん坊。薄く埃をかぶったその子はとても小さく、影のように暗い紫色をして転がっていた。

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