見出し画像

自分の声を聴くことで、あなたの休日は輝きだすのだ。という話です。

念願に休みがやってきた。ずっと連勤が続いていたとかいうわけではない。むしろ、今週は4連勤だった。一般的な社会人は週5連勤で働いているわけだから4連勤ごときで休みに念願なんて言葉を使ってるとお叱りを受けるかもしれない。・・・それも変な話だな!今週はなんか体に異変を感じるくらい疲れていたのだ。

私は休日のだいたい前の日に今回の休みにやりたいこと、やるべきことをある程度考えるようにしている。自分の心と体がいま最も求めているもの、高コスパで効率よく自分を満足させられるプランを前もって考えておくのだ。とはいっても、時間単位でがちがちに計画を組んでその通りに行動するのは、個人的に面白みがないように感じる。フレキシブルにその場の空気間で次の行動を決める自己決定感のある動き方が好みなので、その日にマストでやりたいこと、行きたい場所のみ大雑把に書き出し、あとはその時の自分が行きたい方向へ身をゆだねるというまぁ適当で目分量な計画を組んでおくのだ。

そして今回も、前日の仕事中にぼーっとしながら休みの適当な計画をふわふわと考えた。
私は昔からゲームが大好きだ。子供の頃は両親が共働きで、帰ってくるまでの間、ずっとゲームで時間をつぶしていた。そのおかげでゲームに出てくる漢字を読めるようになったり、確立と周回速度を計算し効率よくアイテムを集めるための癖が物事を習得するさいの器用さに繋がったりと結構実生活に生かされていたように今になって思う。大人になってもひとはなかなか変わらず、少し前までは時間があればずっとゲームを触っていた。まぁインドア派だった。
だが、ここ数年で気づかされたことがある。ある日友人と話していてこう言われた。「家でゲームしてるのは楽しいよね。でも、それだけで終わってしまった休日って心に残るものがほとんどないと思うようになってきた。外に出て、色んな景色を観て、思い出を作ると今日だけじゃなくてこれからの未来の自分が後から振り返ることができるよね。経験とエピソードを持ちかえって、自分のレパートリーにする。そういう休日の使い方が最近は好きだな」これにはハッとさせられた。まさに、効率的。同じ時間の使い方でも得られるものの量が確かに違うなと私は納得させられたのだ。もちろん、インドアの休日でも得られるものは沢山あるし、自分で機会を用意すればこのインターネットの時代外ともいくらでも繋がれる。だが、今自分に足りていない要素は外にあるのではないかと思わせれたのだ。「本屋は運命の出会いの場。本棚を眺めなさい。今の自分に必要な本は輝いて見える」私の好きな言葉だ。外の世界に輝きを見た。
それから、私は休日はどこか外にでかけるように意識するようになった。交通費は馬鹿にならない。

結局、大切なのは今自分が何がしたいと思っているかなのだろう。
家でゆっくり体を休めたいのか。外で色んな価値観に触れたいのか。人と会いたいのか。誰とも会いたくないのか。美味しいもの食べたいのか。お金を貯めたいのか。
何も準備をしないままぬるりと休みに入ってしまうと知らないうちに休みが通り過ぎて終わってしまっていたという状況になっちゃうことないだろうか。私はよくあった。休みに入る前に少し考えてみてほしい。私は今、何がしたいんだろう。意識をもって休みに突入すれば、それがどんな計画であろうと、得られるものがあるだろう。意識を変えるだけで生活はインプットに溢れている。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?