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家で夜を越せない人 (短編小説、五分で読めます)

幸福な話を読む。

出来るだけ、現代とかけ離れた内容で、出来るだけ、自分と重なる主人公の話を。

家で独り、寂しく読むには、本ではあまりに孤独を感じてしまうから、公園に出向くことにする。

夜道を照らす街灯からはブブっと虫の羽音がする。

右手に持ち重りのする本をもって、一人、コンクリートを踏んでいく。

月夜は綺麗だ。

朝の世界は煩わしいけれど、夜の世界は驚くほど美しく、私を調子に乗らせる。

しばらく行くと、トンネルがぽっかりと口を開けていた。

右横の看板には「夜光トンネル」と剥がれかけたインクで書かれている。

そのトンネルをくぐって公園に足を踏み入れれば、今日も変わらず夜の匂いがあたりに漂っている。

ベンチに腰掛けて、本を開く。

途端、しおりがはらりと落ちた。

拾おう、と屈みこむと植木鉢の角に缶コーヒーが置き去りにされているのが目に留まった。

その缶コーヒーが捨てられているはずなのに澄ました顔で立っているような気がして、なんとなく笑えた。

自分の笑い声が妙に弱弱しいので、また笑えた。

しおりを本に挟み込んでしばらく考えたがどうにも本を読み進める気になれず、とりあえず、本を右手に持ち直して公園の中を散策することにした。

この公園は上から見ると縦長の長方形で、二本の線路に挟まれる形になっている。

公園を北へ行けば木、木、木、の雑木林で、林は二本の線路が丁度、左右対称に別れるところまで続いている。

その雑木林も公園の一部で、見かけによらず、大分広い公園になっている。

ボールも使用禁止のため子どもの姿はほとんど見られず、どちらかというと大人の溜まり場、といった印象がある。

いつもベンチに座り、本を読むだけのため、この公園についてあまり詳しくは知らないので、どこを散策しても未知の場所だろうが、雑木林の方へ向かうことにした。

遠めに見ると、ただの木々の群れも、近づくにつれ、影は一層深く、大きく広がり、恐ろしさを増してきた。

しかし、その近づきがたい雰囲気が私の好奇心をくすぐった。

入りやすそうな隙間があったので、そこから雑木林に足を踏み入れた。

急に、柔らかな踏み心地の地面となり、強烈な土の匂いが鼻を襲う。

それでも、目の前の影にすっかり心を奪われた私は、先へ、先へと進んだ。

結局は木々が並ぶだけの林でも、ずっと人工的に配列されたビル群の中で暮らしてきた私は、自分の思うがままに天を目指す木々にただただ惹かれてしまう。

しばらく進むと、ぽっかりと開けた場所があった。

まるであの夜光トンネルの口みたいだ。

そこには巨大な大木が一本あって、たくましい枝を、空に突き刺していた。

暗い闇夜の中、私にはその大木が何故だか光って見えて、土の匂いと、体に絡みつく枝の中、息をのんだ。

「きれいだ」

自分の呟きに我に返る。

そして、自分の呟きに共感する。

そう、この大木はきれいだ。

だが決して綺麗なのではない。

秀麗さはどこにもない。

それどころか枝はうねうねと曲がり、人によっては醜いと感じるかもしれない。

しかし、古い木でありながらたくましく空を刺す枝の生き生きとしたくねり、堂々とそこに君臨する幹の誰にも侵されない威厳。地をしっかりと掴み続ける、力強い根。

それらすべてが本当にきれいだった。

そして、これは特別な木だ、と思った。

この木だけがもつ特権がある、と。

恐る恐る近づいてその木に触れてみた。

ざらざらとした幹は木の独特の匂いと質感を放っている。

しかし、それは私が32年間生きて生きて何度も触れた、どこにでもある木と同じだった。

その木も他の木と同じように脈打ち、ただ生きていた。

他の木と何ら変わらなかった。

どんな木も、どれだけ細い木も、この大木も、雑木林を作る、ただの木なのだった。

だが、私はその事実に絶望するわけでもなかった。

どんな木も、生きていて、私にはわからなかったとしても誰かにとって必ず、きれいな木なのだ、と自然に思えて自分の考えが間違っていたことを悟った。

大木の、一番低い枝の部分にゆっくりと体を委ねてみて、そっとその枝に腰掛けてみた。

私のような小さな人間は強い枝に軽々と持ち上げられてしまう。

しかし、こんな小さな私でもこの大木に腰掛け、また触れることが出来るのだ。

それはきっと、私も今を生きる、雑木林ならぬ、地球の一つだからだろう。

「私も、このたくましく生きる木と同じか」

そう思うと、ああ私って十分立派だなと思えて自然と笑みがこぼれた。

「偉いぞ、私」

そう言って木から降りると帰路に足を向ける。

今夜は独り、家で本を読んでも、何をしても、きっと一ミリも寂しくないだろう。

コツコツ

と夜光トンネルの向かい側にある朝道トンネルから靴音が聞こえて、もう終電近い時間帯なのに、と珍しく思いながらもなんとなく見つかりたくなくて足早に公園を後にした。

夜光トンネルが、明日からはきっとこの公園に来ることもない私を、静かに見送っていた。






こんにちは

こんです。

今回も前回に続き、夜光トンネルと、朝道トンネルに挟まれた公園でのお話でした。

前回の話「闇夜の列車」と対応しているので、まだ読んでいない方は、そちらも読んでいただければ面白いかな、と思います。

最後まで読んでいただき、ありがとうございました(#^^#)




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