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「✕✕✕✕日後に高度不妊治療をやめる人の日記」

「30代、妊娠出産も含めて10年単位で「文章書くこと」に本気で向き合ってみて、40歳になる時に大して結果を残せてなかったら、その時はやっぱり才能がなかったのだと、笑って普通に生きればいいかなと思ってます」

https://drifter-2181.hateblo.jp/entry/2013/11/22/020308


2022年9月29日。
その日、私は通い慣れた皮膚科で、思わず先生にもう一度聞き返していた。
「えっ、じんましんですか?」

というのも、子供の頃から軽度のアトピー性疾患をもつ私は、物心ついたときからずっと皮膚科の病院にお世話になっている。
今の皮膚科も、初診は高校生なので、もうとっくに20年を越えている付き合いなのである。
しかし、そこで別の病名を告げられたのは生まれて初めての出来事だった。
2か月前からの症状なので正式には慢性じんましん。
そのときのあまりにも小さな、しかしあまりにもはっきりと浮かび上がった心のさざ波が巡り巡って、私は今こうして、新しい文章を書き始めるのである。

35歳の誕生日を機に、不妊治療を始めてから、もうすぐ4年の月日が過ぎようとしている。
ひとことに不妊治療と言っても中身はさまざまだが、私たちの場合は途中から”高度生殖医療”という但し書きがつくようになっていった。
日本産科婦人科学会における「顕微授精」の適応条件に当てはまってから今日までの間に、私は合計12回の卵子採取(採卵)を行ってきた。
そしてまだ、私たち夫婦に子供はいない。


「本法以外の治療によっては妊娠の可能性がないか極めて低いと判断される」

日本産科婦人科学会「顕微授精に関する見解」(確認時:2022年6月改定版)


これまでの4年間は、ごく近しい家族と友人数名にしか、不妊治療を行っていることを伝えてこなかった。
もしもこれが自分だけの事情だったなら、少なくとももっと早く、もう少し広い範囲に、私は話していたのだろうと思う。
しかし難しいのは、不妊治療の当事者は当たり前だが私と夫の2人なのである。
私には私の、そして夫には夫の苦しみがある。
この2人という絶対的単位が病院と日常生活を行き来している中で、何よりその苦しみに互いがなんとか潰されず生きていくことを考えたとき、葛藤を拡散するという選択は、やはりすぐには選び難かった。

しかしその一方で、不妊治療に向かう私と一般社会に存在する私は、治療が長引けば長引くほど、真っ二つになって逆の方向へどんどん離れていった。
例えば高度生殖医療における卵子採取周期の女性患者は、毎日の服薬に加えて、治療方針によってはほぼ毎日の通院、また行けば行ったで病院では数えきれないほどの注射(採血、点滴、皮下注射、筋肉注射)が必須となっている。
だがそこで心身に積もる苦悩と痛みと忍耐は、不妊治療などの事情を知らせていない世界では、最初から存在していないに等しい。
そうした存在しないもののために、この数年の私はやりたかった仕事を断って、伝えたい言葉をいくつも飲み込んだ。
なぜなのか?それは苦悩と痛みと忍耐を繰り返す現実の中でも、不妊治療に向かう私と一般社会に存在する私を、どうにか「両立」させていたかったからである。
途切れてしまったかつての目標や夢をいつかまた取り戻せるように、いつかやってくるはずのその日のために、ギリギリ戻れる限界の端っこで、平気な顔をして立っていたかったのである。

しかしその方法を必死になって探しながら、数年もがき続けた結果、私の身体はいよいよ小さな警報アラームを鳴らしはじめた。
9回目の顕微授精も結局移植にすら至らず、もうあと少しで、30代最後の誕生日を迎える。
2022年9月29日とは、私にとって、ちょうどそんなタイミングだった。



これから私が綴るものは、何かを代表するわけでも、はっきりいって誰かのための祈りや願いでもない。
夫の了承を得て、限界まで真っ二つになってしまった私が私のために書いていく文章。
ただ、それだけである。

だが、同時にこんな興味深いデータもある。
国立社会保障・人口問題研究所の「2021年社会保障・人口問題基本調査」によると、近年の日本では3組に1組以上の夫婦が不妊の心配を抱き、4.4組に1組の夫婦は実際に不妊の検査や治療を行っているという。
しかもこの調査の翌年にあたる2022年から、ちょうど不妊治療は保険適用に切り替わっているのだ。
すでに一部では専門クリニックにおける不妊治療保険適用後の来院数増加を示す調査データも出てきており、これらのことを考えればほぼ間違いなく、前出の数字は今後さらに身近な数値に変わっていくのだろう。

だとすれば、これから私が綴るものもやはり、実際には現代日本のごくありふれた一ページなのかもしれない。

それは可哀想でも、前向きでひたむきなわけでもない。
だがどこかで必ずすれ違っている、そんな日常の一片である。


参考文献
・国立社会保障・人口問題研究所『第16回出生動向基本調査(結婚と出産に関する全国調査)」
https://www.ipss.go.jp/ps-doukou/j/doukou16/doukou16_gaiyo.asp
・NHK新潟:にいがたWEBリポート「不妊治療保険適用拡大 患者数や妊娠数増も 薬不足で現場ピンチ」
https://www.nhk.or.jp/niigata/lreport/article/001/92/

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「それは可哀想でも、前向きでひたむきなわけでもない。だがどこかで必ずすれ違っている、日常の一片である」

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