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航空機事故から学ぶ:左席だけおかしい②

2016年1月8日、ノルウェーのOslo空港を23:09に離陸し、北極圏にある同国のTromso空港へ向かっていたWestair Sweeden貨物航空294便(CRJ-200PF型機)は、42歳のスペイン人機長と33歳のフランス人副操縦士のコンビで、FL330を巡航していた。Tromso空港着陸半時間前に、機長は操縦室の照明を点灯して、Rwy 01への着陸前のブリーフィング開始した。
「地上の風は020°から…」と機長が読み上げていたところ、左席のPFDの姿勢儀が15°からぐんぐん30°までpich-upしているのに気づいた。機長は即座に操縦桿を強く押し込んで姿勢を水平へ戻そうとしたが、右席のPFDでは機首が急降下状態を示しており、副操縦士は一体どうしたのか?と困惑した。
自動操縦が解除され、機長は副操縦士に対して手助けを求めたが、副操縦士は状況を把握できず、航空管制へMaydayを通報した。30秒もしないうちに、機体は降下速度は315ktに達して、操縦室内の物品が天井へ浮き上がるほどの急降下となった。副操縦士は「何が起こっているのか分からない!」と叫びながら機体が右旋回していると指摘した。PFDもBank angleの異常を警報していたが、機体は立て直しされることなく、400ktを超える高速で地上へ激突した。
翌朝、スウェーデン航空機事故調査委員会(SHK)の調査官らは、ノルウェーの調査官らと共に3時間ほどかけて墜落地点を特定し、ヘリコプターで現場へ降り立った。衝突地点には深さ20ftものクレーターが出来ていた。
墜落現場からFDRとCVRは回収されて、解析を加えたところ、通常ならばpitchは1°/secで修正されるところ、事故機では5°/secで機首下げ動作が行われていたことが分かった。同型機にはInertial Reference Unit (IRU)が2基装備されているが、左席用のIRU-1が故障しており、IRU-1ではpitch upで左旋回の表示であったが、実際は水平で直進していたところ、機長の操作で右旋回しながら急降下していたことが判明した。
CVRの音声解析では、右席のIRU-2を監視していた副操縦士は実際の挙動を正常と判断していたようだが、機長が突然過激な操作を加えたことに戸惑い、何がいけないのかを充分に話し合う間もなく墜落していたことが伺い知れた。
事故現場からIRU-1の残骸が回収出来たが、半導体基盤の損傷が激しく、どのような異常が起こっていたのかは検証できなかった。
SHKの調査官らは同型機のシミュレーターで事故状況を再現したところ、メーカによれば実機では declutter modeでは[PIT]などの警告表示がPFD上から消えることになっているが、シミュレータではこのモードでもこれらの警告が表示された。一方、右席のPFDは正常に作動していたようで、右旋回による急降下に対して、正しいシェブロン(修正操作への矢印)が表示されていた。
更にほぼ同様な天候下で同型機に搭乗して、夜間飛行において機外の風景がどのように見えるかを検証した。Tromsoの南部は人口が希薄な地域で、夜間飛行では地平線が微かに判別できたが、機内に照明を点灯すると外は漆黒になって全く見えなかった。
SHKは左席のIRU-1の故障で、左席と右席の表示の乖離が生じうることを今一度強調すると共に、そのような状況に陥った際にcrew coordinationによって、どのように異常を判断して適切に対処すべきかを訓練するよう、関係機関へ勧告した。

眼前のPFDが突如として異常な状況を表示した時、それが実際に起こっている事なのか?或いはコンピュータの故障による誤表示なのか?直ちに判断する必要があります。まずは右席の同僚に異常の内容を伝えて、右席のPFDの表示を二人で精査すべきです。更に、これらとは独立した第3の姿勢儀が計器盤中央に装備されていることが多いですから、その表示も参考にして、機体に何が異常が起こっているのか?それとも単純な誤表示なのか?判断することが迫られます。
ピストンエンジン機でバキュームポンプが壊れた時のように、PFDのコンピュータ・システムも故障することがあるのです。そういう事があり得ることを、まず普段から認識しておくべきです。そして、それが実際起こったと思われる際には、操縦席にある全ての関連計器と乗務員の連携で、何が異常なのかを即座に検討すべきなのです。必要だったら、Pan, Pan, Panを発信して、管制官にも協力を仰ぎ、radar vector (またはmonitor)して貰いながら検証することも躊躇すべきでありません。
欧州の航空会社では、EU域内での就労条件が拡大されていることもあり、様々な国籍のパイロットがコンビを組むことがあります。更に英語を母国語としない乗務員同士のフライトも間々あって、緊急事態での意思疎通がうまく行かない場合があります。これは、英語を母国語とする乗員とそうでない乗員のコンビでも起こる問題です。状況が緊迫すると、英語を母国語とするパイロットは早口となり、航空英語ではなく日常英語を使うために、相手に意図が伝わらなくなるのです。イライラが原因で語調がきつくなると、相手に不要な重圧をかけます。英米人は、それを「相手の英語力の問題」云うのですが、コミュニケーション能力に言語の優劣はないのです。英語を母国語とするエアマンの云わば奢りであると云えるでしょう。
どんなフライトでも運航安全が第一であって、英語力の優劣が問題なのではありません。エアマンは簡便な単語で、状況を正確に説明できる航空英語力が必要です。また労務環境を良い方向へ醸成していくことこそが、航空会社の運航部門に求められているのです。PFDが片方だけ異常を示した場合の最善の対処法は、風通しの良いcrew coordinationと云えるでしょう。

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