見出し画像

航空機事故から学ぶ:左席だけおかしい①

1999年12月22日の夕刻、大韓航空8509便(B-747-200型貨物機)は英国London北東部のStansted空港からイタリアMilano空港へ向かって出発準備を進めていた。機長、副操縦士、航空機関士、それに地上整備士の4名が搭乗していた。機長がIFR clearanceをリクエストすると、飛行計画(F/P)がファイルされていないと返答があった。17:30に出発予定していたので、機長はたいそう機嫌が悪く、副操縦士に直ぐ会社へ連絡してF/Pを入れさせろと息巻いた。その後F/Pが受領され、RWY 23から離陸許可が出されたが、離陸したのは18:36になっていた。空港から1.5DMEで左旋回して方位158°へ飛行することが口頭で確認されたが、機長はをバンクを入れ続けた。航空機関士が"Bank! Bank!"と注意を促したが、副操縦士は機長の操縦へ手も口も出さなかった。とうとう機体は90°まで傾き、離陸から1分後に空港から数km先の野原へ墜落した。
機体の残骸は1/2SMの範囲に散乱し、救助隊が到着したのは墜落から半時間後だった。英AAIBの調査官らは、30tonものジェット燃料ほかウイスキー、塗料、X線機材など様々な貨物を63ton余り積載していたため、有毒物質が発生していないか注意して調査に当たった。RWY 23上に多数の残骸があり、かつ人間の下顎骨に似たものが見つかったため、人間がエンジンに飛び込み、それでエンジンが暴発して事故につながったことも想定された。
Stansted空港は事故後閉鎖され、多くのクリスマス休暇の観光客が空港に留め置かれた。その後、滑走路上の残骸は、墜落地点から吹き飛ばされた積載物であり、下顎骨に見えたものはプラスティック部品が捩れたものと判明した。
4つのエンジンに異常はなく、地元Essex州の住民が左エンジンから出火していたという証言は、Landing lightがそう見えたものと分かった。4-corner search(両翼端、機首、尾翼)でも異常が見当たらず、墜落現場に左翼端が地面を削って出来た溝があり、機体は殆ど垂直になって地面へ衝突したものと想像された。
事故機はSeoulからTashkentを経由してLondonへ到着しており、Tashkent空港を離陸後に左席のADI(姿勢儀)が正常に作動しない問題が起こっていた。その時の機長は計器盤中央にある予備のADIを用いてLondonまで飛行した。Crewはその事を事故機の機長らに伝えず、Stansted空港待機の地上整備士へ報告した。
その整備士は地元の業者を使って左席のADIを取り外し、接続部分のpinを真っ直ぐに直して、そのまま元へ戻した。それで正しく作動するようだったので、その整備士は操縦室のjump seatへ着席して、作動状況を確認することとした。本来であれば慣性航法装置(Inertial Navigation Unit)ごと取り換えるのが正しい手順であたが、Stansted空港のKAL事務所にFault Isolation Manualがなかったため、いい加減な整備になってしまった。右席と中央のADIは正常に作動していた。
回収されたCVRを解析すると、機長がbankを入れ続けたため警報音が鳴っていたが、乗組員は無反応だった。航空機関士は旋回がおかしいことを口にしていたが、副操縦士は一切何もせず、何も言わなかった。韓国語の航空用語に詳しい分析者によれば、操縦室内での機長の言動は威圧的で、横柄な態度であったとのこと。simulatorで状況を再現したところ、副操縦士が直ちにbankを修正すれば墜落は免れたことが分かった。
AAIBのMiller調査官がSeoulへ出向いてKAL本社での訓練状況を視察すると、軍の序列による上下階級が存在し、韓国の歴史的な規範もあって、CRMは著しく阻害されていた。
AAIBの事故調査報告書には、"Better accommodate Korean culture"と社会規範まで踏み込んだ企業風土の改善が勧告された。
米国政府では事故後にKAL便の使用を禁ずる通達を一時出したが、その後同社の安全運航体制が整えられて、これは解除された。

朝鮮戦争以来、準戦時下にあった韓国では、航空業界には長らく軍隊の人脈と風習が退役後も根強く定着し、歴然とした上下関係が脈々と続いていました。米国人をはじめ欧米のパイロットは半ば助っ人が腰掛けで勤務していたのです。ですから会社内の欠陥を内部から自浄努力で改善していく風潮に乏しく、最後は自分の命が係るような重大事でも、手出しや口出しが出来なかったのです。組織の弊害が齎した被害は、余りにも甚大でした。

ADIは同一のユニットが左右の操縦席用に装備され、左右の操縦席で相手席のユニットからの情報を表示することも出来ます。左席に座るのが機長で、そのADIが故障して機長が判断を誤ることだってあるのです。故障したユニットの修理に立ち会った整備士が、機転を利かせて左席のADIを右席用のユニットで表示させられるよう手を伸ばしてスイッチ操作すれば、気が立っている機長へ一言も具申することなく、致命的な誤操作を回避できた事でしょう。
次回は、同年代のクルー間で起こった同様な事故について考えます。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?