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聞こえの悪いエアマン

パイロットでは眼と耳が命であることは、航空機の自動化が進んだ今日でも同様です。例えばエンジンやプロペラの不調は、計器類が異常を表示する前に、異音を耳で感知することが出来るものです。

航空身体検査の聴力検査は、多くの国で500Hz、1000Hz、2000Hz、3000Hzの周波数で検査されますが、日本では3000Hzが含まれません。高齢パイロットでは高音域の難聴が多いので、その点で日本の基準は甘くなっています。

一方どこの国の検査でも「50dBの壁」があり、この音量で聞こえなかったら聴力低下と判定されます。50dBとはエアコンの室外機の音、静かな事務所内と同等と言われますから、日常生活で聞こえが悪いという程度よりかなり厳しい基準です。この音量は3mほど離れた距離での会話音なので、航空身体検査ではFAAなら6feet、JCABでは2m離れた距離での会話が聴き取れないと不適合です。かつてオーディオメーターの確認ボタンをデタラメに押す人がいて、静かな部屋で検査医・教官・受験者がさり気なく2m離れ、正三角形になって会話をさせられました。受験者だけ会話内容を聞き返す場面が度々あり、「やはり、あなたには難聴がありますね!」と烙印を押されたことがありました。ATCが会話である以上、これが最も分かりやすい検査法かも知れません。

軍人出身の操縦士に難聴が多い経験があります。片耳の難聴は、恐らく銃を構えた時の大きな発砲音が原因でしょう。空軍より海軍や海兵隊のパイロットに難聴者が多い印象がありますが、空母や上陸強襲艦の乗務員は近距離でジェットブラストの高い爆音に晒されるのが難聴原因でしょうか?まだ先がある中堅パイロットで、既に聴力低下が指摘されている方には、ランプ・飛行甲板上での飛行前点検の時には必ず耳栓をするようアドバイスしています。小さなケアの積み重ねが、還暦後も飛び続けられる身体能力の差になって現れます。

セクハラ発言と批判されるかも知れませんが、高齢の操縦士には女性管制官のコロコロした抑揚で甲高い声が、実に聴き取りにくいものです。加えて日本の管制官は、本来の英会話とはおよそ異なる、語尾を伸ばした独特の節回しでATCするので、外国人の高齢エアマンにはさぞかし聞きずらいようでしょう。「ATISの人工音声でATCもやってくれないかなぁ?」とぼやいていたベテランキャプテンがおられました。

聴力低下の一因として、ひどい耳鳴りがあります。加齢減少の1つであって、根本的な治療法はありませんが、耳鼻咽喉科の耳鳴り外来で、患者の耳鳴りの周波数に合わせた逆位相の音波を出して、耳鳴り症状を相殺する治療が試みられています。

ノイズキャンセリング機能がついたヘッドセットをお使いの方なら、この機能でエンジンやプロペラの騒音が突然防音室に入ったような静けさになり、最初驚かれたことがあるでしょう。「耳鳴りのノイズキャンセリング療法を操縦士用ヘッドセットでも出来ないか?」とSONYやBOSEの製品開発担当者に訊いてみたいものです。

近年、20代前半の操縦学生で、早くも聴力低下傾向を認めるケースが増えたと感じます。ハッキリした理由は不明ですが、iPODなどイヤフォンを長時間使用している学生が多いことも事実です。うたた寝しながら外に音が漏れ出るほどの大音量で音楽を聞いている若者を見ていると、遠くない将来にiPODが補聴器に変わってしまうだろうな、と心配に感じます。特に職業パイロットを目指している若者たちに、「君たちの眼と耳はパイロットの命なんだよ!」と事あるごとに話しているのですが、果たして彼らの耳に聞こえているでしょうか?



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