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航空機事故から学ぶ: 花粉症のエアマン

花粉症(pollinosis)は世界中にあるアレルギー性疾患です。日本では春はスギやヒノキ、夏から秋にはイネやブタクサが原因花粉として有名ですが、海外ではライラックやシラカバなど様々な種類があります。日本でスギ花粉症に悩んでいる国際線乗務員は、海外の空港に到着して深呼吸すると、スッキリした気分になると云われます。

日本では第二次大戦後にスギを多数植林し、それが近年成熟して大量の花粉が飛散することになって、一年でも最も清々しい季節である筈の2月から5月にかけて、多くの人たちが抗ヒスタミン薬を内服・外用されています。

抗ヒスタミン薬は航空業務に影響を及ぼすため、全ての同類薬が乗務前に服用を認可されている訳ではありません。日本ではクラチリン(ロラタジン)10mg錠、それが肝代謝を受けたデザレックス (デスロラタジン) 5mg錠、ビラノア(ビラスチン)20mg錠、アレグラ(フェキソフェナジン)60mg錠がエアマンに服用可能な抗ヒスタミン薬に挙げられていますが、なぜ他剤はダメなのか科学的な根拠は示されておりません。

抗ヒスタミン薬は第2世代が主流となった今でも、人によって眠気が出やすいという中枢神経系への共通した副作用があります。ですから認可薬でも新規服用なら、48時間以上副反応の有無をみてから乗務することが求められます。

2005年4年21日に兵庫県但馬空港で、当時日本でも屈指のエアショー・パイロットが急降下訓練中に、機体の引き起こしが遅れて墜落する事故がありました。かつて航空自衛隊でF4やF15戦闘機に搭乗していたベテランで、操縦操作を誤るとは考えにくい事故状況でした。当人には花粉症の持病があり、どういう薬剤であったかは分かりませんが、抗ヒスタミン薬を服用していたことがsubtle incapacitation(一瞬のぼんやり)による墜落の一因と考えられました。

このような抗ヒスタミン薬の欠点を考慮して、ステロイド配合剤の内服や注射を受けるエアマンがおりますが、決して勧められません。ステロイドを全身投与すると、副腎ホルモンの機能を低下させるだけでなく、鬱(うつ)や骨粗鬆症の原因にもなるからです。

他方、鼻粘膜をレーザー焼灼(しょうしゃく)し、アルゴンガスで凝固させる手術があります。薬に頼らない点ではエアマンに利点かも知れませんが、その後粘膜が再生して1~2シーズン後に症状が戻ってしまう可能性があります。

花粉症の本質的な治療法は、舌下免疫療法です。スギの高濃度エキスを毎日1回せっせと舌下で舐め続けると、体内のリンパ球が手なずけられて、花粉の暴露を受けても過剰反応しなくなるのです。これを脱感作と呼びますが、課題は治療期間が目標5-6年、最低でも3年は続けなければ、効果が続かない点です。またスギとヒノキの花粉は類似していますが別種のため、ヒノキ花粉が飛び始める3月以降になると、軽く症状が出る方がおられます。

重症の花粉症となると上空で鼻閉が起こり、副鼻腔炎による頭痛や顔面痛を引き起こします。また結膜炎で眼圧が上がって視力も不充分な病状となるので、航空業務には不適合状態です。そのようなエアマンは是非この根治療法でしっかり治癒すべきです。

米軍のトップガンを手玉に取ったベテランパイロットが、丹波山系に飛散していた僅か30μm大の花粉粒子で墜死するなんて、実に無念です。エアマンだったら花粉症は決して甘く見ず、症状がひどい時はI’M SAFEに照らして無理して飛ばないことが教訓です。

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