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航空機事故から学ぶ:羽田空港管制業務の未来は

国土交通省航空局安全部は羽田空港C滑走路衝突事故から6日後の1月8日、「滑走路進入時および着陸進入時における外部監視の徹底」、「滑走路進入にかかる管制用語の周知」を航空業界へ通達しました。また羽田空港管制塔では地上監視レーダーを専任でモニターする管制官を、当面チーム人員を増やさずに配置することを決めました。

今回の事件を機に、医療界の知人から「航空管制業務って随分と時代遅れでは?」と指摘されます。医療現場では今やインフルエンザの診断でさえ咽頭部画像所見で解析しますし、主要な症状から稀な疾病を鑑別する内科データベースが外来で日常的に使われています。
他方、航空界の関係者からは、「今さら目新しい通達内容は何もない。いつも励行している事ばかりが書き並べられただけ」と呆れている方もおられます。

そもそも今日の航空管制方式は、A3変調の無線電話による音質が良くない通信方式で、航空英語の特殊な言い回しには各用語の意味に曖昧さがあります。それでも今まで大きな衝突事故が起こらなかったのは、管制官と操縦士間で機転を利かせた無線通信が行われてきたからと思われます。航空英語に不慣れな自家用操縦士へは、敢えて英語を使わずに日本語で交信するようにして、ストレスを与えることなく円滑に意思疎通出来るよう努めてきました。

親しい間柄の日常会話でも、言葉のあやで誤解が生じるように、経験豊富な管制官と操縦士の間でも、意図した通り理解されなかったり誤解されることが、実は時々起こっています。それ故、指示を復唱して貰ったり、改めて指示を出すことで、深刻な事態になる前に誤解を解決し、事故を防いでいます。今回、日航機と海上保安庁機が衝突したのは、そのような細かな事故回避策が作用せず、重大事故に至ってしまった様です。

そういう事を勘案すると、航空局から発出された通達や一時的な職場配置では、付け焼き刃的な効果しか期待できないでしょう。日本の人口は今後も減少傾向が続きますが、首都東京の航空需要が同程度に低下するとは考えにくいです。むしろ進化していく羽田空港の機能において、将来どうしたら重大な航空機事故を抜本的に防止できるでしょうか?

東京国際(羽田)空港は世界的にもトップ5に入る離着陸回数が多い空港です。世界一の空港は、例年米国アトランタ国際空港なのですが、羽田空港とは色々な意味で混雑の内容が異なります。
アトランタ空港はかつて日航ジャンボ機も直行便が就航していましたが、国際線の割合があまり高くありません。離着陸便の多くは英語を母国語とする北米や欧州便のため、英語管制による誤解が生じにくい言語的な優位性があります。他方羽田空港では、英語を母国語としないアジア諸国などからの定期便と日本人管制官とのやり取りは、英語での相互理解が完璧でない危うさがあります。

更に決定的な違いは、羽田空港を取り巻く関東地方の狭い空域が、成田、横田(米空軍)、百里(航空自衛隊)管制圏で複雑に分割されていて、航空管制の周波数が沢山あることです。安全情報は次の管制官へ適宜伝達されますが、何か事情がある時だけです。この状況は羽田管制圏内の分業でも同様です。そのため通常なら引き継ぐ必要もない些細な情報が確実に伝わらないために、重大事故へつながる素地があるのです。

そうなると管制情報をアプローチからスポット到着まで一体化する以外、抜本的な打開策はありません。経験豊富な管制官が増員されて、十二分に配置されたとしても、所詮人間のやることですから全機を完璧に追跡して指示する事など出来ません。将来はコンピュータ・システム、とりわけ生成人工知能(AI)に管制の主体を委ね、その判断を複数の経験者が監視し、時に修正するシステムに変革していくしかないでしょう。

今日、航空管制でコンピュータ主導で管理されているのは、空中衝突防止システム(TCAS)だけです。航空機同士の距離と高度差から、どのような回避措置(上昇や降下)を取るべきか、各機のTCASが逐次指示します。これによって日航機同士の空中衝突事故が回避された事例がありますが、管制官からの指示と相違したため危機的な混乱をもたらしました。

生成AIは近年急速な発展を遂げており、様々な情報端末と結合して判断する「マルチモダリティAI」が実用化しています。羽田空港のAI管制システムを開発する際は、羽田空域の特性を充分に反映させ、航空局、航空自衛隊、米空軍の協力を得て、システム開発を進める必要があります。

マルチモダリティの情報源としては、最新の地上および上空の監視レーダーの他、ADS-B方式の航空機位置・移動情報を統合するだけでも相当実用的なAI管制ができる筈です。離着陸機のACARS情報も組み入れられたら、緊急事態の状況がスムーズに管制指示へ反映されるでしょう。地上走行車両が過密な羽田空港では、滑走路周囲に機体や車両用のセンサーを作動させ、より重層的なAI監視システムにすれば、航空機と車輛の衝突も防止できる筈です。

今後、AI技術の更なる発展を見越して、今そのようなシステムを精力的に開発していくことが、航空安全体制の抜本的強化に求められています。航空管制も人間主導からコンピュータ主導へ、レベルを踏んで変容させていくのです。旅客機や自動車の自動運転システムは、メーカーが営利活動として導入していますが、航空管制は国家の交通事業です。これを近未来に実現出来るか否かは、単に国土交通省のイニシアティブにかかっています。

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