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北緯43°のリア

3月2日(火)14時開演
All Sapporo Professional Actors Selection Vol.2 
北緯43°のリア
原作:ウィリアム・シェイクスピア  翻訳:松岡和子  脚本・演出:斎藤歩
会場:札幌市民交流プラザ  クリエイティブスタジオ

概要

All Sapporo Professional Actors Selection とは「北海道の内外で活躍するプロフェッショナルな俳優とスタッフによる演劇作品を、クリエイティブスタジオにて創作しお届けする(クリエイティブスタジオの本公演HPより、3/19閲覧)」企画で、今回が第2回。第1回は丁度1年前で、私は岩手におり観れていませんが、ラスト3ステージはコロナにより公演中止になってしまったそうです。
札幌市民交流プラザは2018年10月に開館した複合型施設で、オペラやバレエもできる大劇場と中規模のクリエイティブスタジオの他に、図書館や、札幌のアート情報が集まる施設も館内にあります。現在、札幌市内で最も新しい公共劇場です。建物のデザインも素敵で、カフェもあるので、1日中居られます。

吹雪の中、ホットコーヒーを求めて彷徨う

以前観劇した日も吹雪だった。今回の冬はあまり吹雪かなかったなと思っていたら2月末から3月頭にかけて猛吹雪が続いて、油断していた道民は皆凍え、髪を凍らせ、靴下を濡らし足先の体温を奪われたのだ。
この日は自分達でやっている団体の用事で銀行に行き、喫茶店で打ち合わせをしてから、劇場に向かう予定だった。だが悪天候のせいか、予定していた喫茶店は満席。近くの見知った喫茶店はすべて満席か臨時休業。雪の中、途方に暮れたが、偶然辿り着いた地下街の喫茶店に滑り込めた。ホットコーヒーと店内が温かかった。厚焼きトーストが温かかった。
少し疲れ、少し満腹で安心し眠たくなった状態で、観始めました。

よかったところ

始まり方が本当に良かった。
まず舞台の様子から記述する。客席が舞台をコの字に囲む三面舞台で、唯一壁や俳優が出入りできる場所となっている面には、左右から白樺の木が、壁側から舞台中央に向かって三段階に生えており、それが所謂「袖幕」の役割を果たしている。私の席(指定席だった)は三面のうち、白樺と向かいあう面の丁度中央辺り、少し左寄りだった。
幕はなく、開場中の時間から、舞台も客席も同じくらいの明るさで照らされているため、これらの舞台美術はすべてよく見えている。

開演前のアナウンスが終わり、劇場内に静寂が訪れる。
声が聞こえる。歌。弦を使った楽器の音が重なる。
30秒も聴けばすぐに分かった。アイヌの歌だ。
舞台上が少し薄暗くなる。白樺が下から白くぼおっと照らされる。白だけじゃない、少し緑のような、桃色のような、不思議で混じりあった色。
アイヌの音楽を聴きながら、白樺を眺めながら、「ここは大地だ」と思った。人工物しかない場所なのに、アイヌの歌と楽器には、大地や自然、潜んでいる獣の息遣い、澄んだ冷たい空気をそこに存在させる、説得力のようなものがあった。ここが自然豊かな大地であると、観客とまず共有することが、これから土地の分配の話がなされていくこの作品にとって、非常に重要なことなのではないかと思った。私は、深呼吸をした。
音楽制作は、OKI&MAREWKAWである。プロフィールが載っているサイトがあったので、ぜひ訪れてみてほしい。
http://www.tonkori.com/profile/

北緯43°であること

「北緯43度線」と調べた。大まかに書けば、どうやらフランス、クロアチアなど、中国など、ロシア、そして北海道を通り、アメリカ…と続く緯度のようだ(Wikipediaより、3/20閲覧)。リアはブリテン王だが、イギリスに43度線は通っていない。「北緯43°のリア」とは、後半でフランス王妃となった末娘・コーディリアの元へ身を寄せた後のリアを指しているのだろうか。
一方日本はというと、43度線が通っている北海道では、12世紀頃にアイヌの文化が萌芽し、その文化と共に人々が暮らしている。リア王が執筆された1600年代初頭、日本は江戸時代であり、”北海道”と呼称される前のこの土地には、今よりずっとアイヌの人々の生活と文化が繁栄していたと考えられる。では現在はどうだろう。43度線下の道内の場所はどこも行ったことがないので想像するしかできない。
だが、今から400年以上前のイギリス・フランスと、現在の日本・北海道。それを繋ぐ補助線として、北緯43度線が引かれたのだと思う。数百年、そして現在・未来まで流れる時の中で、北緯43度線のもとに幾人ものリア王が誕生する/してきたような、そんな印象を受ける。
以上のことは、観劇後、インターネットで調べた情報から考えたことである。では、上演はどう見えたか。

視覚と聴覚のズレ

登場する人物全員の衣装にアイヌ文様―アイヌ文様は家紋なので、正しくは「アイヌ文様をモチーフにした模様」なのかもしれない、確認を取っていないので不正確な表現である―が入っていた。私の記憶では、リア王だけは無地の服を着ており、頭に乾燥した藁のような植物で出来た、冠のようなものを冒頭からかぶっていた。これは非常に強く、アイヌの儀式を連想させる。序盤にコーディリアへの求婚者であるフランス王とバーガンディ公爵、後半にフランス王妃となったコーディリアと、リアの一族以外の人達も出てくるが、それらの人物も文様を身につけており、文様ではなく色の違いで一族の違いが示されていた。有名な嵐の場面は吹雪に変更され、非常に印象的なシーンとして演出されていた。従って、視覚的には、アイヌの人々の話に見える。
一方セリフはというと、「フランス」「ドーバー海峡」など、出てくる地名はそのまま何も変えずに発語されていた。一度、「熊」という単語が聞こえて、一気にアイヌと繋がりドキッとしたが、それもシェイクスピアのセリフそのままのようだ。従って、ドラマの展開を追うための情報は、ヨーロッパに住む人々として耳に入ってきた。
この「実際に見ているもの」と「入ってくる情報」のズレについて、どう考えるか。ミスリードの可能性が大きいが、私は以下のように考えた。
このようなズレは現実にも・現在も・今も無数に起こっている。しかしながらひとつひとつが些細であり、或いは私たちの感覚が既に麻痺してきているために些細だと感じており、見過ごそうと思えばいくらでも見過ごせる。ちなみに『リア王』は「ペストが大流行していたさ中、パンデミックの影響で劇場が閉鎖・開場を繰り返していた(公演パンフレットより)」ときに執筆されたそうだ。
自分が見た物事を、どのように見えたかも含めて鵜呑みにし(=末娘で見目美しく、父である自分を慕っているように見える)、入ってきたニュースやネットの情報も読み聞きして受けた印象通りに鵜呑みにする(=自分への愛の深さを述べさせるとき、コーディリアは淡々と何も言うことは無いと繰り返す)と、そこには必ずズレがあると思うし、それによって現実に裏切られたような気になるかもしれない。そしてこれが極限まで達すると、おそらくリアのように精神的に参ってしまう。
演劇のひとつの機能に「現実の/未来のシミュレーション」があると思う。このズレた現実をどう受け止め、どう生きていくのか。ズレが拡張された演出により、そのことを改めて考える契機となった。

札幌の劇場とアイヌの文化

私は高校生(2012年~2014年)の時期に最も観劇していた。多い時は週に1回、月に4,5本観ていた。その頃、このような札幌の演劇界を牽引する演劇人たちによる作品とアイヌの文化が協働することは、殆ど無かったと記憶している(私が情報をキャッチできていなかっただけかもしれません)。
しかし、北海道・札幌にある劇場である以上、アイヌの文化や、アイヌとの共生―これは、私はまだまだ果たせていないと考えている―について、各劇場がどう考え行動を起こすのかを示すべきだと私は思っている。
しかし私が札幌に戻ってきた2020年春以降、ウポポイの開館も影響していたのか、アイヌの伝承を扱う作品などが多数札幌で上演されていたし、シアターキノ(個人的な感覚では、東京でいうアップリンク的映画館)ではアイヌについての映画が上映されていた。
これは大きな一歩であり、良い方向に進んでいると私は考えている。しかも本公演のように「札幌の演劇人オールスターズ」のような企画が一番新しい公共劇場で上演され、その作品内でアイヌの文化が重要なモチーフとなっていたことは、本当に大きな一歩だと考える。
その上で、今後の展望として思うことがあるとすれば、アイヌを表現・表象するときに、文様を使わない方法が見つかると、また一つ前進するなあと思っている。今の状況は、一昔前の洋画で日本人役は必ずスーツを着ていた、というのに似ているのではないだろうか。アイヌの人々は現在、毎日アイヌ文様の入った伝統的な服は着用していないと思う。イギリス人も現在、毎日ドレスやシルクハットではないし、例えシェイクスピア作品を演出するにしても、1600年代のそれぞれの階級の服を衣装にする方が、現在の上演では珍しいのではないだろうか。勝手な憶測だが、それよりは「Tシャツのハムレット」の方が多そうだ。
話が少し脱線したが、人物のバックボーンを表象するときに、その文化の特徴的な部分を見せなくても、きっと表象は可能である。
これは私もまだ全然答えが見つかっていない。これからも考えていきたい。

この公演の衣装デザインは貝澤珠美さん(TAMA kor DESIGN「TAMAMIブランド」)であり、非常に美しかった。服以外にもインテリアやグラフィックデザインも手掛けており、非常に美しいので、是非調べてみてほしい。私が見たのは、以下のサイトです。
http://www.tamamikaizawa.com/


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