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Steak House Texas

ある日、男はふとステーキを食べたくなった。
全身黒装束に身を包んだその男は寂れたアーケードの下、一人煌々と輝く光の中へと消えていった。


”Steak House Texas”

カウンター上にある黄ばんだメニュー表はその店の刻んだ時を感じると同時にお手洗いの扉に貼ってある色褪せた飲酒運転撲滅ポスターは令和になった今日においても平成から取り残されたこの町を暗示している。
窓際にある二人掛けテーブル席へと案内された男は見せかけではない昭和のぼやけたスモークガラス越しに映るモノに視線を向けると同時に軽い溜息をついた後、小さく呟いた。
「洋菓子パリジェンヌ。まるでパリに来たみたいだ、テキサスの」
不気味な笑みを浮かべるその男の瞳はいつしか涙でいっぱいになっていた。
そして掠れんばかりにボソッと唇を震わす。

「Paris, Texas」

パリはアメリカ合衆国テキサス州にある人口2.5万人程の小規模な街であると共にドイツ(制作当時は西ドイツ)の映画監督であるヴィム=ヴェンダースの映像作品のタイトルでもある。
奥の厨房で「ジュー」と炭火で香ばしく焼かれる肉のBGMを聴きながら、男はその映画と初めて出会った当時へと想いをはせた。

当時中学生だった男は真夜中のBS放送にながれる、その映画の前で酷く呆然とした。当時平成にいた彼にはまだ理解が追いつかなかった。
何故にトラヴィスが妻子を投げ捨てて4年間も放浪していたのか。そして、あの結末を迎えたのか。

だが、大切な人を失った今の彼にはわかる気がした。否、わかった様に思い込んでいるだけで結局、彼自身平成の頃のままかもしれない。

Why does it always rain on me? Is it because I lied when I was seventeen? Why does it always rain on me? Even when the sun is shinning I can't avoid the lightning.
Travis*: "Why does it always rain on me?"

https://www.youtube.com/watch?v=PXatLOWjr-k

*スコットランド出身のバンド。バンド名である"Travis"は映画”Paris, Texas”の主人公であるトラヴィスから名付けている。



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