第2話 「フォージャ」
誰もいない。何も見えない...。
僕はまだ霧の中を彷徨い歩き続けていた。
その時だった。霧の中から声がしたのだ。
『おいでおいで』
『こちらへ』
聞き間違えかと、耳を叩く。しかし、声はまだ僕に話しかけている。
『行こう』
『戻ろう』
『さぁ、手を取って』
この鈴のような声に僕は酔いそうになった。力が入らず勝手に体が前に出る。
そっちに行っちゃいけない気がする...。
でも体が止まらない...!
「何しているんだ…!」
一瞬だった。庇糸が僕の前に現れ、剣で霧を斬ったのだ。
僕は完全に力が抜けその場に崩れ落ちた。
「はっ、はっ、庇糸…」
「大丈夫?!正造」
よかった。庇糸に会えた...。
「一旦この霧から抜けよう。さっきから鳥肌が止まらないんだ」
「う、うん」
僕は庇糸につられ霧から出ようとする。
『いつか迎えに行くから』
後ろからはっきりと聞こえた。鈴のような声。何なんだよ、一体...!
「あ、霧が晴れてきた」
声がした直後霧はだんだん薄まり始めた。
「何だったんだろうね」
庇糸は苦笑いでこちらに振り向く。
「さ、さぁ、僕にもさっぱり…」
「あ、そういや僕カエルに食べられたんだよね…何でまだ生きてるんだ、血だらけだし…」
庇糸は不思議そうに自分の服を引っ張る。
「そ、それはカエルの血だよ。
燕尾服を着た神と雷様が助けてくれたんだ」
「燕尾服?」
「それは私のことでしょうか?」
霧が晴れたと思いきや、今度は燕尾服の神が頭上に現れた。
「うわっ、音もなく現れないでよ…」
「すみません。霧が充満したものですから浮上していました。」
すると僕達のやりとりを見ていた庇糸は歓喜の声を上げた。
「正造!正造にもついに神が出来たのかい!!」
僕はその言葉にしどろもどろになってしまう。
「え、あー、いや…加護は貰えてないんだ…」
「え、じゃあこの神は…」
「私は正造様の傍観者です。」
「傍観者…」
庇糸の顔から笑顔がなくなり代わりに眉間にしわが寄った。
「はい。加護を与えるつもりも危害を与えるつもりもありません。
それよりも、貴方の方が大丈夫ですか?」
「え、あー…うーん」
燕尾服の問いかけに庇糸は困ったように頬を掻く。
「え、何が?助かったじゃん!」
「家がね…燃えちゃったから…」
...あー!そうだった!
「あ、あ!え、ど、どうしよう!!確か庇糸の親御さんって…」
「海外に出張中…僕がこうなってることも知らないだろうね…」
「う、うーん、じゃあ僕の家に泊まる?」
予想外の提案だったのだろうか庇糸は目を丸くして聞き返す。
「え、良いのかい?」
「人が増えた方が僕も楽しいしさ、全然ウェルカム」
ウェルカムなのは本当。一人は寂しいからな...。
「じゃあお言葉に甘えさせて、新しく僕の家が見つかるまで居候させてもおうかな」
「私も」
庇糸に便乗するかのように燕尾服の神は手を挙げる。
「え、お前も!?」
「傍観者ですからね、そばに居ますよ」
「それってストーカーじゃね…?」
僕はめんどくさいことなったようで一つ深いため息をこぼした。
「お風呂次どうぞ〜」
お風呂から上がると庇糸はちゃぶ台で勉強をしていた。
「うん、ありがとう。あと教科書借りてるよ」
「勉強?」
「次のテストに備えてね」
「偉いな…こんな時なのに」
「こんな時だからするのさ」
庇糸は一度手を止め、時計を見る。
「そろそろ、良いかな…」
「ん?」
「えーと、燕尾服を着ている神、そろそろこの不可思議な事に説明してくれても良いんじゃないかい?」
「おや、神々がいる時点でこの世界は不可思議でしょうに。それに私が何か知っているとでも?」
燕尾服の神はわざとらしく大層驚いたような顔になる。
「勘だけどね」
庇糸はあしらうように答えた。
「ふむ、まぁ、そうですね。
あの妖怪が出たわけくらいは話しましょうか。
その前に私のことは、そうですね…フォージャとお呼びください。燕尾服の神はちょっと嫌なので。」
「は、はぁ。」
「わかった。」
「貴方、巻物の文書を読みましたでしょう?」
フォージャは庇糸に問いた。
「あぁ、読んだよ」
「あれ、実は今まで封印されていた妖怪、悪霊、悪魔の類の化け物を解放する文書だったのですよ」
「え、えええ!!」
僕は驚きのあまり素っ頓狂な声を上げてしまった。
「ふ、封印されてた?それを解き放っちゃったって事…?それってな、何匹?と言うか誰が封印したの?」
「ざっと2億以上はいるでしょうね、封印した方は私も知りません。」
「2、2億…」
あまりの数に僕は愕然としてしまう。
「もっと低級の輩を数えればそれ以上でしょう」
フォージャはお茶を啜り続けた。
「封印を解かれた時点で既に彼らは動き出しました。これから人間界は混乱の時代が訪れる事でしょうね。」
「そ、そんな、どうしたら…」
「責任をとって庇糸様は妖怪どもを狩り続ければ良いのではないのでしょうか。気が遠くなるほど長い年月が必要ですがいつかは撲滅できる。その日まで人間に貢献しましょう。」
ケラケラとその提案を出すフォージャに僕は腹が立った。
「そ、そんな道具みたいなことさせないよ!」
「わかった、やろう」
「ひ、庇糸!?」
庇糸は鋭い眼光でフォージャと僕を見る。
「こうなったのも僕が軽率に文書を読んでしまったことが原因だ。自分の落とし前は自分でつける。...なるべく君には迷惑がかからないよう努力するよ。」
「な、何でそんなこと言うんだよ…」
手伝わせてくれないのか、僕が無能だから...。
自意識過剰になり勝手に落ち込んでいると庇糸は答えた。
「君が死んだら僕が悲しいから。」
ね?と言う庇糸に僕は何も言えなくなってしまった。
「さ、今日はもう寝よう。明日も普通に学校はあるし、布団引くよ」
「う、うん」
そう言うと庇糸はチキパキとちゃぶ台を畳み布団を敷き始めたのだった。
布団に潜っても考え事が収まらなかった。
巻物は僕の家にあった物なのに、庇糸に背負わせてしまった…
情けない...。
日記に書いてあったことも、霧の中で聞こえた声の事も結局何なのか分からない。僕は大事な事を忘れてしまっているのかな。。
「おーい、賀詞!この教材を第一倉庫に運んでおいてくれないか。
先生この後会議で時間がなくて、頼めるか?」
翌日学校に着くと1番に担任に呼び止められてしまった。
「あ、はい。良いですけど。」
「そ、そうか。じゃあ頼んだぞ。」
バツが悪そうに言うと担任は走って行ってしまった。
「ねぇ、賀詞正造くんだよね?」
後ろから女性の声がした。僕は慌てて振り向く。
するとそこにいたのは黒瀬恵というクラスメイトだった。
お淑やかで謎の貫禄があり生徒会長をしている。不思議な人だ。
「君の後ろにいる神ってなんの神?」
僕の肩で小さくなって浮遊しているフォージャを見て問いた。
「え、いや、こいつは…」
そういうや、こいつなんの神だ…?
「昨日まで君は加護を受けないただの人間だったのに、昨日何かあった?」
す、鋭い。
「い、いやいやいや、何も、何も知らないよ!
な、なんでそんなことを聞くの…?」
「…私、生徒会だから、昨日の事件のこともあるでしょ?だから怪しい人は片っぱしから調べているの」
昨日の事件とは庇糸の家の火事のことを言っているのだろうか。それともカエルの方...?
「怪しい人って…僕はそんな怪しいものじゃないよっ!」
「…だよね、賀詞くん、そんな度胸なさそうだし」
「うっ、」
「私の勘違いだったみたいね、ごめんね?」
黒瀬さんはそう言うとさっさとその場から去ってしまった。
な、なんだったんだ…そんな度胸…?なんの度胸なんだ…?
「んー、なんか危ないね、その子」
「え、そうなの?」
4限が終わった僕と庇糸は昼ごはんを食べるため屋上に来ていた。
「その子の神ってどんなのか見たかい?」
「え、いや、見てない…」
「生徒会は何か探っている…?」
「え、でも何を探ってるというのさ」
「ただ変わったことといえば、君に神がついたってこと。ただそれだけ。悪霊や、悪魔、妖怪に関係があるのは僕の方だ。」
「え?」
「僕が、あの文書を読んでしまったからね、君に非はないのに…」
こんな時なのに、君は僕のことを心配してくれている...僕は自分のことでいっぱいいっぱいだったのに…
僕は自分の器のちっぽけさに恥ずかしくなり、どこかに顔を埋めたくなってしまった。
「とりあえず様子見だね。
もうすぐ五限目が始まる、そろそろ戻ろうか」
「う、うん…」
予冷が鳴り急いで教室に入ると、不思議と誰一人として席についていなかった。代わりに皆の机には花が生けられている花瓶が飾ってあったのだ。生徒の姿が一人も見えない。
「え、なんで、皆んな…?どこに行ったの...」
窓から風がなびき冷たい空気がかすれている。
風は誰もいない教室を1周し、僕達の間を走り去って行った。
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