第3話 「封印の書」
「え、なんで、皆んな…?
ぼ、僕たちがいない間皆んな死んじゃった…?」
僕の情けない声は教室の中を木霊する。
僕達の教室には誰もいなく、ただあるのは机に置いてある花が生けてある花瓶だけ。
「… 他の教室も見てみよう」
この光景にも冷静さを崩さない庇糸は隣の教室へ走った。
いない、いない、いない!!
誰もいない!!
どの学年もどのクラスも誰もいない。
おかしい。不可思議だ。
「あら?君達まだこんなとこにいるの?」
張り詰めた空気の中、廊下の奥から声がした。
「く、黒瀬さん!」
「皆んな、屋上にいるわよ」
黒瀬さんは優しく微笑み、僕達に近づいてくる。
「黒瀬さん、これって一体…」
僕の問いかけに黒瀬さんは答えなかった。
声が届かなかったのだろうか、黒瀬さんは僕達に背を向け屋上への階段を登って行ってしまった。
「ついて行ってみよう」
庇糸の提案に僕は思わず肩を震わせた。
そんな僕に庇糸は優しく話しかける。
「怯えることはないよ、僕がいるだろ」
その言葉に僕は恥ずかしくなった。
守られてばっかだ...。
「僕だって、大丈夫だ!」
汗を垂らしながらも僕は庇糸に笑顔を向ける。
そんな僕を見て庇糸は頷いてくれた。
僕達は急いで階段を駆け上り、勢いよく屋上の扉を開けた。
「みんなー、お客様がきたわよ〜」
黒瀬さんの声と同時に拍手が湧きあがった。
学校中のクラスメイトが屋上に集まっていたのだ。
「貴方達が昨日解放の文書を唱えたの?」
拍手が止んだところで黒瀬さんは話し出した。
その言葉に素早く庇糸が答える。
「文書のことを知っているのかい?」
「知ってるわよ。私の家系に代々伝わるいにしえだから」
「家系?」
「私は悪霊遣いの家系なのよ「元々ね」」
黒瀬さんは僕達の目を見て離さない。
「昨日まで私も知らなかったの。でも解放されて悪霊が現れて、私にひれ伏すのよ」
頬を赤く染め溶けてしまいそうなほど目を潤わせ黒瀬さんは続けた。
「この感覚が分かって?私よりも格上のものが私よりも腰を折る。もうそれはそれは素晴らしい快楽だったわ。
…そして、それは終わりの始まりでもあったのよ」
「終わりの始まり…?」
「解放の文書も存在すれば封印の文書も存在するのよ。
私はその封印の文書が執筆されている書を消し去りたい。
そのために解放の文書を唱えた貴方達を炙り出したの。」
その言葉に違和感を感じた庇糸が問う。
「悪霊遣いが…人間を操ることまで可能にするのかい?」
「違うわ。可能にしているのはこの子。」
その言葉と共に、黒瀬さんの肩に白い毛並みをした鴉(からす)が停まった。
ゾワッ!!
「うっ」
僕は突然嫌悪感が増し、蹲ってしまった。
「どうした、正造」
「いや、ちょっと…」
「…ん?どうしたの黒糖ちゃん」
正造と庇糸を遠目に黒瀬さんの肩に乗っている鴉が震え始めた。
「なんか、あいつ、怖い…!」
「あぁ、あの神のこと?」
黒瀬さんは横目に僕の肩に浮遊しているフォージャのことを見た。
「大丈夫よ、貴方は負けないわ。貴方の主人は誰?」
「黒瀬 恵」
「そう、勝てるわよね?」
「勝てる…!」
黒瀬さんの言葉に力が湧いたのか鴉はもう震えることはなかった。
「さて、私の生命の神に貴方達は勝てるかしら?」
「生命の…」
「神…?」
「あぁ、それとこちらには人質がいるから。
私に危害を加えようものなら、生徒を1人ずつここから落として行くわ」
「…!卑劣なっ!」
僕は両手を握り締め力いっぱい睨んだ。
「ふふ…これが私のやり方…」
その時だった。庇糸がもうすでに黒瀬さんの真横に立っていた。
庇糸は腕を伸ばし鴉を捕まえようとするが、それにすかさず黒瀬さんが生徒を投げ、庇糸はその生徒を抱きかかえ後ずさった。
「くっ、捕らえ損なった…!」
「時の神を上手く使ったわね…」
黒瀬さんは庇糸の手に目線を向ける。
「それにあの右手…何?鎧かしら…」
庇糸の右手には鉄の神の力で作った鎧が巻かれており、当たるととても痛そうだった。
庇糸は時の神を利用し時間を止め黒瀬さんに近づいてくる。
「…!時の神…厄介ね!」
「ぼ、僕も加勢しなくちゃ!」
僕は慌てて加勢しようとするがすかさずフォージャがそれを止める。
「やめときなさい。貴方が入っても足手纏いなだけですよ」
「だったら!お前の力を僕に貸してくれ!!」
「嫌ですよ。」
フォージャはため息をこぼし元の身長に戻ったかと思うと僕を見下ろした。
「あのですね、人に物を頼む時はどう頼むのか教わらなかったのですか?」
物を頼む時...。
僕は悔しいが仕方なく、床に膝をつき土下座した。
「貸してください。」
「お馬鹿ですか?
そんなの性悪の人にしか効きません。」
僕は顔を上げフォージャを見上げた。
フォージャは冷たい目で僕を見下ろしている。
「私が貴方に望んでいるものを考えなさい。」
「望んでいるもの…」
「鉄の神よ…!」
庇糸は剣を作り的確に鴉に当てようとする。
「あらあら、容赦がなくなってきたわね。」
「君こそ、防御一択で疲労が溜まってるんじゃないかい?」
「防御?そんな訳ないじゃない」
その言葉に気づいた時にはもう遅かった。
無数の生徒が庇糸を囲んでいたのだ。
「なっ!」
「捕らえなさい。」
生徒は庇糸に覆いかぶさり、動きを止めようとしてくる。
「鉄は危ないっ!」
庇糸は慌て鉄を解かす。
何人ものの生徒が庇糸の上に覆いかぶさりとうとう身動きができなくなってしまった。
「うっ…」
貴方に加護は与えない。
見守ることにしました。
期待しますよ。
神官の。
「お前がのぞいているもの。
それは、僕への期待。」
僕は唇を噛み締めフォージャの目を見つめる。
「神官なんて、絶対なれる訳ない。なれっこないと思う。でも、たった1人にでも期待をされているなら、僕はその道に進んでみよう。
だから、今も、これからもお前は僕に期待だけをするんだ!」
「...その言葉、誠か?」
「信じるかは好きにすればいい…でも、今協力してくれるのなら、絶対に裏切らない‼︎」
この言葉、この勢い。確実にフォージャは力を貸してくれると思っていた。
僕は期待に胸を膨らませフォージャの次の言葉を待った。
「そうですか…では…
貸しません。」
「…は?」
期待とは真逆の答えだった。
僕は気弱な顔をして答えてしまった。
「私は少々可愛らしいところがありまして、意地悪しちゃうんですよね。必死な人を見ていると。」
フォージャは目を細め楽しそうに微笑んだ。
「私の意思は変わることはありません。
ただ勝手に期待だけをする。それだけです。」
「さぁ、封印の書の場所を吐きなさい。」
黒瀬さんは庇糸を見下ろしもう一度問いた。
「…知っていても言わないよ。」
「貴方、不器用なのね。」
頑なに答えない庇糸を見つめ、黒瀬さんが次の指示を出そうとするその時だった。
「待てぇ!!」
再び屋上の扉を開けてやってくる。
現れたのは僕だった。
椅子やらコーンやら、箒を持って二人の元へ走る。
「そいつに近づくな!!」
箒で生徒を思いっきり叩くが、生徒はびくともしない。
その光景に黒瀬さんは困惑しているようだった。
「え、え?貴方、それで闘う気?」
「だったらなんだ!!」
「ふ、ふふ、あはははは。
もう本当に馬鹿なのね」
黒瀬さんはお腹を抱え笑い出した。
こんなに笑っている黒瀬さんは今まで見たことがなかった。
「私はね、まだ本気を出していないの。分かる?手加減をしているのよ。」
「卑怯なやり方なら、手加減も何も無い!!
分かるのはあんたがサイテーってことだけだ!!」
僕は叩く箒の手を緩めず黒瀬さんを睨んだ。
「貴方の神は?」
「…ちょっと諸事情があって、来れない!!」
「つまり揉めたのね。」
黒瀬さんは呆れたのかため息をつき哀れな目で僕を見つめた。
「もう、貴方を捕まえるのは私でも出来そうだわ。」
そう言うと僕の方に歩み寄ってくる。何かを手に持って。
「驚いて?私、剣道を嗜んでいるのよ。
か弱い女の子でも、木刀、その上、刀を持てば、百人力。」
「刀…!」
黒瀬さんが握っているのは刀だった。
そのするどい刃に僕はたじろぐ。
「あんた!僕を殺す気か…?」
「殺すんじゃ無いわ。拷問よ。
さぁ、封印の書はどこ?」
「知らないんだよ!本当に!」
「嘘おっしゃい!」
僕の弱々しい言葉を遮り黒瀬さんは捲し立てた。
「言い伝えでは封印の書は解放の書とともにあると言われているわ!
知らないはずがないのよ!!」
知らない、本当に知らない。
蔵の中だって昨日初めて入った。
それまで悪霊や、妖怪なんて存在してる事さえ全く知らなかった。
父ちゃん…父ちゃんはなにか知ってるの?なんで教えてくれなかったんだよ…!
生きている時にもっと話しておけばよかったのかな…母さんが死んでから僕は父ちゃんに楯突くようになって父ちゃんを困らせた…怒ってたのかな。ずっと、僕に。
許してくれないのかな、父ちゃん…!
僕の瞳には刃を振り下ろそうとする黒瀬さんが映った。
僕は死を覚悟した。
もうダメだと、目を瞑り、あの世のことを考えた。
僕は天国に行けるのだろうか。
浮かんできたのは、天国ではなく、こちらに優しく笑いかけている父ちゃんの姿だった。
その時だった。
ピシャぁぁぁん!!
僕と黒瀬さんの間に1つの稲妻が落ちた。
その聞き覚えのある雷鳴に僕は微かに、胸の鼓動が速くなるのを感じたのだ。
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