国語教科書_

齋藤孝先生が“理想の小学国語教科書”をつくった理由。中2で習う『走れメロス』に小学1年生が歓喜する

精神の成熟に繋がるようなテキストを
 
致知出版社から、まもなく一冊の本が世に出ようとしている。
 
『齋藤孝のこくご教科書 小学1年生』
 
あの『にほんごであそぼ』(NHK Eテレ)の総合指導も務める齋藤孝先生が監修した、小学1年生向け“理想の国語教科書”である。
 
きっかけはこんなことからだった。ある日、打ち合わせをしていると、齋藤先生がふと、「いまの小学生の国語教科書は、絵と写真とひらがなばかりで、国語教科書の体をまるで成していない。これでは本当の教育は行えない」と言われた。ならば、齋藤先生の考える“理想の国語教科書”ができないものか――。その発想から、本作りはスタートしていったのだった。

後日、先生は、「現在の小学校1年生の国語教科書は、なにしろ活字が少なく、1年生で学ぶ漢字が少なすぎる。また、人間性を養うという重要な役割を担う国語教科書の内容が、近年、どんどん薄くなってきている。 情報があふれた時代だからこそ、語彙力を高め、文脈力を身につけて、精神の成熟に繋がるようなテキストを読まなくてはいけない」と言われたが、その言葉はそのまま、今回の本作りのコンセプトになっている。
 

中2で習う『走れメロス』を、小1で学ぶ

 
ただ、実際に本を手に取ると、「うちの子にこんな難しい文章、読めるかしら……」「親の自分でも読んだことのない作品を、子どもと一緒に読むなんてムリムリ……」と感じられるかもしれない。無理もない。本書に収録されている『ごんぎつね』は、通常であれば小学4年生、『走れメロス』にいたっては、中学2年生で習う作品だ。
 
さらには、松尾芭蕉や小林一茶の俳句、『論語』や『実語教』(江戸時代に寺子屋で使われていた教科書)までが登場し、尻込みしてしまう保護者も少なくないことだろう。
 
 
しかし、齋藤先生はこう言われる。

「一見難しいと思われるかもしれませんが、大丈夫です。私は多くの小学生を指導してきましたが、子どもたちの能力は非常に高く、これくらいは平気で読んでしまいます」と。
今回の本には、親子でいっしょに楽しく学んでいただけるよう、さまざまな趣向を凝らした。 
 
・声に出して読むことを推奨する
 
・音読した回数を「正」の字で記す
 
・読了タイムの記入欄を設置
 
・速音読1分間チャレンジ
 
・齋藤先生によるポイント解説
 
・「考えてみよう!」の問いかけ
 
・全漢字に読み仮名つき
 
・イラストの数90点
 
・四字熟語、ことわざの語彙力アップトレ
 
・読書感想文や作文の書き方のコツを伝授
 
 
ページ数は232ページ。百数十ページ程度の薄い教科書に馴れた子どもたちにとっては、少々厚いと感じられるかもしれない。しかしここにも齋藤先生のこだわりがある。そしてそれは先生の、国語教育に懸ける強い信念と日本の子どもたちに対する信頼の証でもある。
 
 
賢人と愚人との差はどこから生まれるのか?

 
本作りも終盤を迎えた頃、齋藤先生は、冒頭に、『学問のすすめ』の一文を載せたいとおっしゃった。
 
「天は人の上に人を造らず、人の下に人を造らずと言えり。

    (略)

されども今広くこの人間世界を見渡すに、かしこき人あり、おろかなる人あり、貧しきもあり、富めるもあり、貴人もあり、下人もありて、そのありさま雲と泥との相違あるに似たるはなんぞや。
 
その次第はなはだ明らかなり。実語教に、人学ばざれば智なし、智なき者は愚人なりとあり。されば賢人と愚人との別は、学ぶと学ばざるとによりて出来るものなり」
 
福沢諭吉の言葉に対する齋藤先生の解説とコメントはこうだ。
 
「みんな、生まれたときは平等で、本当は誰が偉い、誰が偉くないということはないはず。みんなが自由に楽しく生活できるはず。ところがいまこの人間の世界を見てみると、かしこい人もいるし、そうでない人もいる。こうした違いがどうしてあるのかっていうと、それは学ぶと学ばないとによるものなんだって福沢諭吉はいっているんだ。だから『学問のすすめ』なんだね。
 
勉強するかしないかが一番大事なんだよということを、明治時代の最初にいって、これを当時、日本中の人たちが読んだ。だから日本人は、これからの時代はたくさん勉強する人になろうという気持ちをもったんだ。キミも小学校1年生になったら、学ぶのが一番大事、勉強するのが大事なことなんだって、何度もくり返し読んで心に刻んでね」

『学問のすすめ』は、当時の日本の人口の、実に10分の1に当たる約340万部が発行され、大ベストセラーとなった。そして人々は学問することの重要性を痛感し、各々が自己を磨き、日本の近代化を急速に成し遂げていったのだ。
 
このたび刊行される国語教科書は、この『学問のすすめ』の精神を現代に問うものでもある。時代が江戸から明治に移った頃、諭吉の宣言が人々の意識に革命をもたらしたように、平成から元号が変わろうとする刹那、この国語教科書が新たな時代の扉を開く一書になることを願ってやまない。