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ようこそ世界へ!次女妊娠から出産まで(2/2)

2019年12月29日、第二子がうまれました。
妊娠中のこと、出産のこと、我が子と出会うまで。後半は出産のおはなし。前半はこちら。

12月28日、37週に入り、妊婦健診が隔週から毎週になったところでした。
この健診から心音検査が始まり、胎児の心音と動き、お腹の張りを測定。
心音検査結果を見た看護師さんに「今は出産に繋がるようなお腹の張りはまだみられませんね〜」と言われ、予定日までまだ3週間あるもんなぁなどとぼんやりと思ったのでした。まさかこの十数時間後に、我が子と対面することになるとは夢にも思っていませんでした。なんせ2020オリンピックイヤーベイビーと信じて疑うことはなかったわけですから。未来のことは誰にも分からない。(1月末に書いていた記事、まさかオリンピックが延期になるとは1ミリたりとも思わなんだな。未来のことは誰にも分からない(二度目)。)

12月28日は土曜日、この日から年末年始休暇に入る勤め人が多かったと思いますが、夫もそうで、28日夜に実家に来てくれました。夫の実家と私の実家は距離にして600km離れているので、今回は私の実家にだけ帰省することにしていて、年明け5日に東京に戻る予定でした。

その夜のちょうど0時を回ったころ、なんとなく腹痛で目が覚めました。それまでも夜に目が覚めることはよくあり、トイレに行って、また布団へ戻りました。
布団へ戻っても痛みがあるような気がしましたが、予定日はまだ先だし、2019年にうまれることはないはず、気のせい気のせいと寝ようとしました。が、やはり痛い。とりあえず夫を起こす。もう一度トイレに行く。寝室へもど…動いたらなんかあたたかいものが出た…すぐに引き返してトイレに。これは破水なのか?どうなんだ。あぁ長女が起きてしまう。産院へ電話する。おそらく破水だろうから、来てくださいとのこと。よし、行こう。
あ、今日は母が準夜勤、車がない。実家から産院までは車で30分弱。電車ももう終わってる。タクシー会社に電話。まず家から近いところ。でない、何度かけてもでない。あぁ今日は忘年会日和か。次、家から距離があるが陣痛タクシーをうたっているところに電話。行くまでに2時間かかると言われる、なにが陣痛タクシーじゃ!ぼけ!思わずクソ!と言いたくなる。さすが田舎、他にタクシー会社がない。絶望する。これは最悪、申し訳ないが救急車を呼ぶしかないかもしれないと覚悟する。ひとまず母の職場に電話、1時間半後には家に着けるはずとのこと。間に合わないと思ったら救急車を呼ぶと決め、母を待つ。
このときの私はとても焦っていた。なぜこんなにも焦っていたかというと、長女の出産のとき、陣痛を検索し過ぎて、この程度の痛みはまだ陣痛ではないと家で待機し過ぎたため、初産なのに病院到着後なんと20分でうまれるという、危うく車で出産だったかもよ!を経験したからです。一刻も早く病院に行きたい、病院でうみたいと、気が気でなかったのです。
はなしを28日午前1時半に戻します。陣痛の間隔を測るも、不定期で2分だったり15分だったり。不安に思いながらも母を待つ。ちなみに、長女はというとすっかりお目覚めでリュック背負って準備万端。さすがです。どうなったら、どのタイミングで、救急車を呼ぶべきか悩んでいたところに母帰宅。救急車呼ぶことにならなくてよかった。ほっ。すぐに、わたし、夫、長女、そして母で、産院へ。

午前2時半過ぎ、産院に到着。お小水をとって、子宮口の開きを確認、3cm。そして、やはり破水しているとのこと。まずは病室に案内され、入院に関する説明を受ける。荷物を病室に置き、私と夫は陣痛室へ。母と長女は帰宅。午前3時過ぎ。母がいなければ成り立たなかったふたりめの出産。ほんとうに感謝。
陣痛室で、心音検査装置を着け、破水による感染を防ぐための抗生剤を点滴しつつ、陣痛の間隔が短くなるのを待つ。この時点で陣痛の間隔はまだ10分くらい。ひとりめのときは病室案内や陣痛室待機をすっとばして分娩台直行だったので新鮮な気持ち。1時間ほど経ち、間隔は5分くらいに。前回20分でうまれてるのもあって、たったの1時間なのにとても長く感じた。助産師さんの触診でまだ赤ちゃんが回ってこないと。ちょっとした回旋異常、おそらく胎児が小さいからだろうと。あかちゃんが回れるように、四つん這いになってみる。

ここからが早かった。四つん這いになって10分、陣痛も強くなり、再度助産師んさんの触診。子宮口5cm、あかちゃん回ってると!よかった。陣痛の間隔も3分ほどに。なんて流暢な状況じゃなくなってきた。もういきみたくて仕方ない。

ちなみに、立ち会いのための講習を事前に受けていたので、夫も立ち会うことに。血液を見ると気を失ってしまう夫、注射は横にならないとできない夫。だいじょうぶか。ほんとうにだいじょうぶなのか。そうして私は分娩台へ。

分娩台にあがってからのことは、よく覚えていない。とにかく叫んでいた。
いきみたくて仕方ない私、もう少しいきむのを我慢してほしい助産師さん、手を握ってくれる看護士さん、私の頭の方で立っているはずの夫。時間にして5分くらいだろうか、10分くらいだろうか、うまれた。長女のときは分からなかったけど、次女のときは分かった、頭が出てきたこと、肩がとおったこと、そしてあとはするっと出てきたこと。そして、出てきたときに泣いてくれたこと。

正期産に入って1日目、小さくうまれた次女。ようこそ世界へ。
うまれてきてくれてありがとう。

Cover Photo at Pont de Grenelle, Paris, France

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