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トラバーチンの星、紡ぐ。

入院して2週間ベッドで寝たきりだったことがあります。
病気の後遺症で下半身に麻ひが残っていて寝返ることもできません。まさに寝たきりでした。

寝ながら天井ばかり見ていました。
天井は石膏ボードの天井で、虫食いみたいな模様があります。
いったいぜんたいこの気持ち悪い模様は何のためにあるんだろうと思いました。今まで何百回も見てきたどこにでもある天井の模様なのに、この時初めてその模様の存在理由を考えたのです。
病院のベッドは患者を哲学者にするようです。

「上ばかり見るんじゃなくて、しっかりと足元を見て大地に根を生やして生きていくんだよ」
そんな意味をこめて、ずっと上を見させないために、背中がムズムズしてくる虫食い模様にわざとしているのだろうか。

いやいや、さっきから当然のように虫食いみたいな模様と言っているが、本当に虫が食っているのかもしれない。
何年もしまっておいたおばあちゃんの着物に、あんな穴が空いていたのを見たことがあるぞ。
ってことは何百いや何千匹もの虫が天井を食い散らかしているのか。

エセ哲学者は時間を持て余しすぎて、そんなバカなことばかり考えていました。
なんか気持ち悪くなってきます。模様がもぞもぞ動いてるようにも見えてきました。

ちょうど看護師さんが病室へ巡回に来たので、台の上のスマホを取ってもらいました。
少し身を起こせば取れる距離にある物も取ることができない。情けないったらありゃしねぇ。

早速あの気持ち悪い模様のことを調べます。
ふむふむふむ。ほぅほぅほぅ。
嘘かホントかわからない時もあるけど知りたいことの答えをすぐに得ることができる。まったく便利な世の中になりました。

天井の虫食い模様。トラバーチン模様と呼ぶようです。
トラバーチンとは大理石の一種で、ヨーロッパなんかでは建築や家具用材に使われているとのこと。
この石膏ボードは、天然大理石の威厳にあやかって、天井用に模倣した建築用材なのでしょう。
建築界のカニカマ的存在なんだと思います。

疑問は解決しました。だけど困ったことが一つ。
トラバーチン模様の天井が頭から離れなくなってしまいました。
寝たきりで目を開ければ模様が飛び込んでくるので、しょうがないっちゃしょうがないのです。
どうせ暇なんだし、虫食いあとの数でも数えてみるかと目論んだりもしました。圧倒的に暇でした。

ある日、いつものようにトラバーチン模様の天井を眺めていると、ある部分に人の顔らしきものが見えます。
これがシミュラクラ現象というやつか。
他にもいろいろ見えてきます。
象、カマキリ、ペンギン。子どもが空の雲を見て想像をめぐらせているような感覚です。

いやいやどっちかというと古代人が夜空を見上げて、星座を創りだしたことに近いかもしれません。
どうせ暇なんだし、しばらくトラバーチン模様を紡ぎながら星座を見つけることにしました。

きっと古代人も暇で時間を持て余していたんだろうなぁ。

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