おなか大切に

お姉ちゃんがダイエットのために
利尿剤をたくさん溜めていて
本当にダイエットのためなのかな
飲み過ぎたらたぶん死んじゃうよね
怖いから全部ビオフェルミンにすり替えちゃった
今のところ気付いてないみたい
ビオフェルミンならたぶん死なないよね
クラスメイトがそう話していた
 
『おなか大切に』
そうなのかな
毎朝おなかが痛かったのに
高校を一日しか休まなかった
その一日はわざと休んだ体育祭
危うく皆勤賞をとるところだった
おなかに正直であったなら
おそらく中退していただろう
 
完全自殺マニュアルが爆発的に売れていた
クラスにも誰かが持ってきて
回し読みして笑っている人たちもいた
私はその輪の外で
自分のためにその本を買い
部屋でひとり読んでいた
背表紙を隠したくて後ろ向きに本棚に入れていた
笑ったりはできなかった
 
変な時代だなとは思っていた
でも
スタジオボイスを定期購読して
別冊宝島をちょっとだけ買って
危ない一号とかは気持ち悪くて
死体写真集はちら見だけはして
やっぱり変な時代だったけれど
とても助けてもらっていた
 
春休み中
地下鉄サリン事件
いつも使う高校の最寄り駅が空撮されて
人がぎっしり倒れている映像を自宅で観た
画面から突風が吹いてくるような気がした
どうして私はあの中に居ないのか?
どうしてあなたはその中に居たのか?
その差はどこにあったのか、なかったのか?
 
もうその犯人達は死刑になった
それくらいに時間が経った
でも今だって時代は変で
変でない時代というものはあるのだろうか
 
友達の幾人かは自殺して
友達の幾人かは結婚して
友達の幾人かは出産して
友達の幾人かは友達じゃなくなって
 
完全自殺マニュアルはとっくに捨てたけれど
死ぬ可能性なんていつだってあって
死ななくても会えなくなることだってあって
 
生きている実感
あの頃より
ずっとある
だからって
それがなんなの

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?