合板の壁

アパートの壁に油性ペンで物語を書き付けています。木目調の合板の壁です。気の向いたときにさらさら書いています。
二人暮らしの老夫婦、片割れが病を得て、弱っていき、亡くなり、独りになって、引越していった話。
中年の母親とその娘、しばらく二人で暮らしていたものの、喧嘩別れして娘が出ていき、母親も引越していった話。
若い恋人同士が暮らし始めて、たまに仲が悪くなっても、なんだかんだ一緒で、結婚して、子が産まれて、じきに引越していった話。
そういう、このアパートのこの部屋であったかもしれない話を、幾つも壁に書き付けました。私はずっと独居しておりました。あと三ヶ月ほどで、引越していきます。
私が引越したら、アパートは取り壊される予定です。合板の壁もばりばりと破られて、ごみくずです。とても良いと思います。幾つも書いた物語は、壁と共に灰になる、このアパートへのお弔いなのです。

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