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恋愛ヘッドハンター2  砂時計④

賢太郎がひかりのことを忘れた日は一度もなかった。

「大学を卒業したら地元へ帰る。親との約束だから」とあっさり自分を棄てた女。遠距離恋愛だって出来るはずなのに、だ。 
賢太郎にとって初めての恋人だった。
それだけに引きずり続けた。

恵里菜と出会ったのは、三十歳を過ぎた頃だった。ひかりを引きずり続ける賢太郎を見かねた男友達がいた。雑誌編集者である彼が主催した飲み会で恵里菜と出会った。
同い年でありながら俗世間に汚されていないような清らかさに惹かれた。恵里菜自身がガラス細工のような透明感を放ち、壊れやすい繊細さを持ち合わせていた。賢太郎はひと目見て保護欲を掻き立てられた。

ひかりが焚べ続けた初恋の炎は一時的だが弱火になった。そう、あくまでも弱火だった。
恵里菜と連絡を取るそのスマホからひかりとの思い出の写真や動画が消えることは無かった。スマホを買い替えてもそのデータは移行及び保存され続けている。
特に恵里菜があのような状態になってから、見返す頻度は高くなっていた。
生身のひかりを前にすると、そのひた隠した秘密が露わになったようで、全身が発熱した。

「何?私が誰だがわからないの?おばさんになっちゃったから、わかんないのかな?」
ひかりは智也を見て首を傾げた。
智也は黙って微笑み、眼差しを賢太郎へ向けた。
「違うよ。びっくりしてしまって」
賢太郎は手の甲で汗を拭った。
恥ずかしくて仕方がなかった。

肩で切り揃えた髪。紺色のパンツスーツ姿。当たり前だが、昔よりも大人びていて艷やかだった。
「それでは、僕はこのあたりで退散します」
智也が席を立った。
「え、ちょっと待ってくださいよ」
賢太郎の呼びかけも虚しく、智也はそそくさとその場から去ってしまった。
智也のいた席にひかりが座る。
ひかりの瞳に賢太郎は吸い込まれそうになった。

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