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ショートショート「明日は大学祭(終)#幹部」

おでんの味が決まらない。

ある部員の地元ではおでんにショウガ醤油をつけるから、基本の味は薄目がいいというし、別の部員は実家では味噌を入れて煮込むからそうしてくれという。
ほかにも、鰹節をまぶして食べるからそれを想定しろとか、田楽味噌をつけたいから用意しろとか、ちくわじゃなくてちくわぶを入れろとか、牛スジもいいが鶏肉も入れろとか。
大学というところは全国津々浦々から人が集まるので、何か料理をして食べようという話になると地域性が出て闇鍋まがいの事件が起きやすい。

色んな人の話を聞いた結果、おでんは僕の家のやり方ですることにした。
スーパーに売っているおでんの素を使い、箱に書いてある作り方どおりに調理する。
それが葉山家のおでんだ。
葉山家のおでんはほぼ僕が作っている。
かぎっ子だったので料理をするのは早かったし嫌いじゃなかった。
おでんは大根やじゃがいもの皮を剥いたり、練り物を湯通しするなど下ごしらえが単純なので、子供が手始めに覚えるのにちょうどいい簡単な料理だった。

Q大学大学祭実行委員会の会長の仕事の一つに、大学祭前日当日後日の食事の準備がある。
僕は会長なのでその仕事を黙々と学生会館の調理場でやっている。
同級生は二人いる。副委員長と監査だ。この二人は主に訪ねてくるOBやOGの接待を担当している。
普通は会長がやることなのかもしれないが、Q大学大学祭実行委員会ではそれが習わしになっている。OB、OGは帰り際に僕の顔を見に来る。挨拶なんてそれくらいでいいのだ。

おでんの味見をしてみる。おつゆの味は通常通りだった。
シンプルなものを作ったので、ショウガ醤油だの鰹節だの知らんが、自分で適当に味付けをして工夫して食べろと部員たちに伝えようと思う。
そう決意して、ガスの日を消した。
大きな鍋を持って、中会議室の中央にあるストーブまで運んだ。
中会議室には誰もいなかった。
時計を見ると、午後11時55分だった。

明日はついに大学祭だ。
明日、大学祭が無事に予定を終えたら、そのあとのビールかけの代表挨拶であることをみんなに告白したいと思っている。

実は僕は結婚をしていて子供もいる。
子供は娘でもうすぐ一歳になる。
約2年前に交際相手が妊娠したのだ。
彼女は子供を産みたくないと言った。
でも、僕はあきらめられなかった。
彼女が初めての恋人だったので思い入れが深かった。
僕は大学生だがかなりの資産をもっていた。
勉強はできるほうではないが、なぜか仮想通貨やFXの才能があったようで短期間で大きな利益を得ていた。
彼女にお金の心配はしなくていいと伝え、親が借りてくれていた学生アパートとは別に家族用の分譲マンションをキャッシュで購入した。

そこで家族としてスタートするはずだったが、彼女が拒否した。
「若い女の子時代を奪う気なの?私、そんなの全然楽しくないし、葉山君を恨み続けると思う」
彼女の言い分は理解できたし、彼女の性質的なものから考えても、それは察することができた。
彼女はニンフォマニア(色情症)だった。
僕以外に性的関係を持つ人々がいることは知っていた。
おなかの子供はもしかして僕の子供ではないかもしれない。
産まれてみないとそんなことはわからない。
でも、奴らはたとえ自分の子供ができたと知っても責任は取れないだろうし、子供を求めていない可能性だってある。
僕は責任も取れるし、子供だってほしい。
彼女にそっくりの女の子ならなおいい。
あと、単純に彼女を妻にしたいのだ。
恋人という立場にはいくらでもなれるが、妻はだれか一人のものだ。

そんな思考なので、彼女には結婚して子供を産んだ後は自由にしていいと伝えた。彼女はモテ続けるために結婚も妊娠も学校の仲間には隠したいと言った。とりあえず、留学するということにして学校は休学した。

彼女には両親がいたが、結婚については伝えなくていいと言われた。あまり家には帰っていないようだった。両親は子連れ再婚をしているらしく、彼女には義理の兄がいた。彼女は義理の兄とは仲がいいらしく、一度三人で食事をした。彼女がトイレに立っている時に義理の兄は言った。
「あの子はおかしい子ですよ。いいんですか」
「知っていますよ。いいんです。あの子は僕のものです」
義理の兄の眉間に一瞬深い皴が入ったのを見逃さなかった。
僕の家族は普通の人々なのでいろいろ驚いては気の毒なので、みんなが戸籍を見て気づいたら言おうと思っている。

約一年前、彼女は出産した。彼女ひとりで作ったんじゃないかと思うくらい彼女にそっくりな可愛い女の子だった。僕の子じゃなくても愛せると確信した。

それから3か月くらいして彼女は本当に留学した。
子供と一緒にいるのが耐えられなかったのだ。
留学費用は僕が出した。
僕はベビーシッターとハウスキーパーを雇い、いつもどおりの学生生活を送った。
半年くらいが経った頃、僕は彼女をキャンパスで見つけた。
「久しぶり」
彼女は何事もなかったかのように近づいてきた。
「帰ってきてたの?」
「うん」
「何で知らせないの」
「バタバタしていて」
「いつ帰ってきたの」
「一か月くらい前かな」
「何でうちに帰ってこないの」
彼女は黙ってしまった。一瞬うつむいたがすぐに顔を上げた。
「約束、忘れたの?」
ぽかんと口を開ける僕の横を彼女は通り過ぎて行った。

しばらくして、彼女に呼び出された。
厚みのある封筒を渡された。
中には100万円の束が一つ入っていた。
「どうしたの、これ」
「お詫び」
そう言うなり、彼女は足早に去っていった。
数日後、僕は電車の中で態度の大きいおじいさんを見かけた。
座席でスポーツ新聞を広げている。
後ろの席にいる僕にはおじいさんが眺めている内容が丸見えだ。
とてもきれいなおっぱいと見覚えのある清楚な顔立ちがあった。
おじいさんは乳首に指を何度も当てていた。
乳首が徐々に濡れていく。唾をつけているようだった。
僕はめまいがしそうになったが、同時にどこか退廃的な気持ちにもなり、それに酔いしれるということを少し楽しんだ。
こんな経験、誰にでもできるわけじゃないんだから。

でも。そろそろ、学校の奴らにも知らせたいのだ。
何人もの学生たちが自分だけのものだと思っている彼女は、本当は僕だけのものだってことを。
あと、少し、彼女のことを困らせたいのだ。

「すみません、葉山さん」
鍋同様に考えを煮込みまくっている僕のところに後輩で企画担当の彩人が来た。
「ん、どうした」
「美村さん、どこですか」
「ああ、応接室でOBとかOGと飲んでると思うよ」
「あの、ミスコンの出場者がコロナかもしれなくて。代わりに美村さんに出てもらおうかと思っているんですけど」
「へえ、頼んでみたら。たぶん、出てくれると思うよ。目立ちたがり屋さんだから」
「はい。頼んでみます」
彩人は疲れた足取りで中会議室を出て行った。

僕は彩人を見送ったあとにつぶやいた。
「美村はミスじゃなくてミセスだけどね」
壁掛け時計を見る。午前零時を指していた。
「さあ、今日は大学祭だ」
僕は椅子から立ち上がり、背伸びをした。

終わり。







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