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恋愛ヘッドハンター2 砂時計⑩

マンションのエントランスを抜けると、賢太郎は大きく息をついた。握りこぶしの中にあるのは愛という名の不安だ。ひかりが与えてくれた温もりは今にも指の間からこぼれ落ちそうだった。

自宅ドアにカギを突っ込み、ゆっくり開けると南向きのリビングに太陽がさんさんと差しているのが見えた。この部屋に自然光が広がっているのを見たのはいつからだろう。明るさと反して、賢太郎の心に長い影が伸びた。

「恵里菜?」

寝室のドアを開ける。そこもカーテンが開いていた。シーツが整えられ、ベッドサイドにあったステンドグラスのランプは無くなっていた。代わりに砂時計があった。賢太郎はその砂時計を手に取った。ひかりの旅館で見たものとよく似ていた。砂時計の下に封筒があった。封筒の中身を取りだし、開けてみるとサインをした離婚届があった。離婚届の中から一枚の紙がすべり落ちた。賢太郎はその紙を拾い上げた。

「今までありがとう。恵里菜」

賢太郎は、ベッドの上にすとんと腰を下ろし、窓の向こうに広がる大きな橋をしばらく見つめていた。

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