Time is なんちゃら

こんばんは。最近はバイトに明け暮れながら時間作って就職活動やってます...。

今日は最新のアルバム「YUZUTOWN」より「フラフラ」です。

あの濃〜い「イマサラ」の後なのに岩沢節効きすぎて存在感十分な曲です笑

歌詞からの引用は""で表します。

—後悔時すでに遅し

時間がないぜ Time isなんちゃらとはよく言ったもんだ

"Time isなんちゃら"なんて表現、よく思いつくなって感心します。
そういえばこんな言葉もあったなー、なんてやや他人事みたいな感じというか。

"よく言ったもんだ"という表現からは、それまでは実感してなかったけどこの歳になってようやくその意味がわかった、実感したといったところでしょうか。

ここでいう"時間"っていうのは、今が忙しいという意味よりは、
長期的に見て時間がない、何かをするにはもう遅すぎるように感じられる、という意味に見えます。曲中で主人公がせわしなく動いてるような様子はありませんから。

うたた寝してるだけの毎日に中指立てても
ふりだしは的はずれ 何もならず
フラフラ 飛んで 消えた

"うたた寝してるだけの毎日"を過ごしてるのも、"中指立てて"いるのも、
まぎれもない主人公でしょう。

"Time isなんちゃら"と痛感したのにもかかわらず、やはりどこか他人事のような気もして。結局うたた寝して1日を終えてしまう日々。そんな自分に気づいてしまったら、そりゃ嫌気も差します。

"ふりだし"は「ふりだしに戻る」の"ふりだし"で、単語自体の意味としては「スタート地点」や「出発点」。でもここでは「ふりだしに戻すこと」を表しているのではないでしょうか。

何かうまくいかないことがあるとどうしても、自分の技量の無さや環境の悪させいにしがちです。

つまり「最初から間違っていたんだ」と。

そう思ってしまうと"ふりだし"に戻したくなるものですが、それは"的はずれ"であると悟っています。

でもそれは同時に、
「最初からやり直しても意味はない」「結局同じこと」
そう悟っているに等しいですよね。なんとも虚しいような...

今こうやってフラフラと浮ついたように生きているようでは、
もう一度ふりだしに戻したとして、同じ道をたどってしまうだろう。

そんなことを考えてしまっているんでしょうね。

"飛んで 消えた"のは、そんな自分自身の姿でしょうか。

—こんなはずじゃなかったのに...

フキダシの様なお決まりのセリフだ
テレビで誰かも同じこと言ってたな
今しゃべってる君は何者なんだ
さっきから返事が Yesしか聞こえない

サビで述べていた様な怠惰な自分の姿を客観的に写したフレーズに取れます。

"フキダシ"が出るのは漫画の世界。テレビや漫画で見る様な陳腐なセリフをいつの間にか口にしています。

そんな姿を自分自身だなんて思いたくはないはずです
"君は何者なんだ"と、自分じゃない様な自分に何度も問いかけます。

でも返事はいつも"Yesしか聞こえない"んです。紛れもない自分自身。

それが余計に辛くさせる。いっそのこと、他人なら良かったのに。

とりあえずで日が暮れて テキトーに酔っ払って
なんだかなぁ 泣けてきた

「"とりあえず"頑張ろう」「"とりあえず"考えてみよう」「とりあえず"後にしよう"」

いつの間にか日が暮れて、1日が終わって。

やけくそになって酒に頼ってしまう。

"テキトー"って言葉も、毎日がこんな調子であることをしっかり示しています。

一夜にして君は信頼を失う手筈

主人公は"君"が何者なのか何度も尋ねるほど、"君"に不信感を募らせています。

でもあくまでも自分自身。同じだけ信頼がなければやっていけません。

日が暮れて夜になって。「明日こそは頑張ろう」とそう決意するのかもしれません。きっと陳腐な言葉で励まして。

でもそれもあんまりうまくいかないと悟ってしまう。
よくあるセリフばかりの"君"への信頼はまた失われていく。

もう好きにして あきらめ色の拍手をおくろう
ふりだしは的はずれ 何もならず
フラフラ 飛んで 消えた

こんな日々ばかりが続いて、もはや開き直るしかない。
今更やり直したところでどうしようもないし、諦めて今を謳歌してしまおう。

それでもその中にほんのわずかな葛藤が、
うまく生きたいという願いが、垣間見えてしまうのが虚しいですよね。

—思い描いた輝かしさも、惨めなだけ

世間知らずの若人がはしゃいでる
何が楽しいんだか 何がうれしいんだか
うらやましくも くやしくもないけど
世間知らずなのは 俺の方なのかもね

"若人"は、自分とは対極の存在。でも自分もかつてそうであった存在。

だからその姿を見て余計に虚しく感じる。

だから"何が楽しいんだか""何がうれしいんだか"と、
何とかして今の自分を肯定しようとする。

自分にあるのは、年を重ねたが故の経験だとか、知識だとか...

楽しそうに、嬉しそうにしてる姿に対して"うらやましく"思ったり"くやしく"思ったりはしません。

若人は「まだ」"世間知らず"だけれども、これからまだ伸びしろがある存在。
これから羽ばたいていく存在。

でも自分は今日も、いつも通りフラフラと過ごしては酒に酔って一日を終えて。

これまで生きてきて、彼らより長く生きてきて、何を得てきたのか。どんな夢を叶えてこれたのか。結局どうしようもなく生きている自分は、彼らと同じように"世間知らず"な存在なんじゃないか。むしろ伸び代がない分、彼ら以上に"世間知らず"なんだろう。

線路沿いを歩きながら ハラが減ってきた
なんだかなぁ しらけてら

電車に乗るわけでもなく、あえて線路沿いをゆったりと歩く。
もちろん時間がかかってしまうし、お腹も空く。

その姿は端から見たら、なんだかすごく惨めですよね。

そんなのわかっているはずなのに。

自分にはこの方がお似合いだ、とおもってこんな風に歩いているようにも感じられます。

時間がないぜ Time isなんちゃらとはよく言ったもんだ
浮世の風 どちら様もよーござんす
ふりだしは的はずれ 何もならず
フラフラ 飛んで 消えた
フラフラ 飛んで 消えた

思い通りに生きることもできず、自分を悔やんでばかり。
でも口から出るのは陳腐な言葉だけ。

周りの人がみんな輝かしく見えて、自分が余計に惨めに、むなしく見える。
そんな辛い、冷たいような世の中。

そんな中でふりだしに戻ってやり直したって変わらない。結局同じ。
何もかもがむなしく、空に向かって飛んで消えていってしまう。

そんな、フラフラとした主人公の生き様と葛藤を表した曲でした。


個人的にはこの曲は唄割りがすごく好きです。一番と二番でAメロBメロの唄割りが変わるところが。

というか、
岩沢曲を歌っている北川さん、かなり好きです。

誰か共感して笑



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