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『こんとあき』 あきちゃんからこんになったわたし。

本を読んだり映画を見たりして、その後考えたことを書いてみたいということを、1年くらい前から考えていました。
そして一つ目に取り上げる作品は「こんとあき」にしよう、ということも。

「こんとあき」は、読んだことのある人が多い絵本なのではないかな、と私は勝手に思っています。
出版されたのは1989年。
平成生まれの私をこの本と出会わせてくれたのは、舞台になっている鳥取(本の中ではさきゅう町、ですが)に住む母方の祖母だと思います。私とこの本の最初の共通点です。

よく母と手を繋いで、高知から特急を乗り継いで鳥取へ向かいました。
私の背中にはいつも、お気に入りのピンク色の象のリュックサック。
母に手を引かれて電車に乗り込む姿は、きっとさながらあきちゃんのようだったのではないかな、と想像できます。
でも、私にとって「こんとあき」という作品が特別な理由は、私があきちゃんくらいの歳のころに、よく鳥取の祖母の家に遊びに行っていたことだけではないんです。

小学校高学年になったある年の夏休み。
私は保育園児の弟と、高知県内に住む父方の祖父母の家を、初めて二人だけでJR(高知では汽車と呼びますが)に乗って訪ねました。
道中たったの1時間半。お弁当もいらないような距離。
それでも、はじめてのふたり旅に私は張り切り、同時にとてつもないプレッシャーを感じていました。
これが一人ならまだいいのです。気楽に座っていて、もし乗り過ごしたら、駅員さんにどうしたらいいか聞いて、1駅戻ればいい。でも、弟がいるとそういう訳にはいきません。不安になるような素振りは全く見せず、弟を泣かせずにおばあちゃんの家まで連れて行かないといけません。弟は泣き虫ですぐ泣いていましたし、5つも歳上の姉である私のことを、あまり信用していませんでした。二人で行くのは不安だと、目も口もハッキリ訴える弟を見返したかったし、自分が一人で弟を連れて旅ができることをみんなに認めてもらいたかった。
緊張と張り切りでよくわからないまま席に座っていると、あっという間に降りる駅の2駅手前になりました。次の駅についたらあと1駅。
あと1駅になったら、立っていた方が確実なんじゃないだろうか。
弟は歩くのが遅いし、私はキャリーバッグを持っていたので、素早く動いて下車できるとは思えませんでした。
「あと一駅だから、もう立っておこうか。」
そう言って私は自由席を立ち、乗車ドアの手前に移動しました。
「すぐ着くから立っていようね。」
うん、と弟は素直に頷きました。
しかし、いくら待ってもなかなか電車は止まりません。この区間が山を挟んだとてつもなく長い1駅間であることを、私はこの時やっと思い出しました。
今更さっきの席に戻ろう、とは言えませんでした。文句も言わずに黙って立っている弟に、もうちょっともうちょっと、と言いながら、結局30分以上私達は立ったまま特急に揺られていました。

ようやく駅についた電車を降りて、改札に向かうと、迎えに来てくれた祖母が手を降っていました。
二人分の荷物の詰まった、重たいキャリーバッグを祖母に手渡すと、やっと心も軽くなり、
「二人だけでこれたよ!私が連れてきたんだよ!」
と祖母に言いました。偉いねえ、と祖母が褒めてくれたのが嬉しかった。30分も立っていたことなんて、すぐ忘れてしまうと思っていました。でもその失敗を忘れることは、未だにできていません。

こんはあきちゃんの手を引いていて、あきちゃんを保護者のようにリードしてくれています。
兄のようであり、どこにでも持っていける人形でもあるこんが、小さいころは欲しくてたまりませんでした。
しかし、お気に入りのピンクの象が、私の手を引いて歩いてくれる訳もなく、いつの間にか私は、弟の手を引いて先を歩く立場になっていました。
そうなってみて初めて思ったのです。
もしかしたらこんも、あきちゃんを連れて歩くことを、不安に思いながら張り切っていたんじゃないかな、と。
停車中に一人でお弁当を買いに行って、間一髪で間に合ったものの、尻尾をドアに挟まれ、身動きがとれなくなってしまったこん。
ドアの前で立ちつくしていた私達は、ドアの前でお弁当を食べていたこんとあきちゃんに、やっぱりどこか似ていた気がします。
あきちゃんの様だった私が、こんの様になって弟の手を引いて電車に乗り、失敗してドアの前に立ち尽くした。
でも弟が文句一つ言わずに付いてきてくれたから、無事におばあちゃんに会うことができたんだな。

そう思うと、こんもあきちゃんも自分の一部のような気がして、この作品はずっと私にとって特別なのです。


今回の作品

こんとあき 林明子

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