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ノースウェーブの名物DJ、ナオミがコロナ禍のデモ現場(BLM)で見たものとは~ニューヨークの現場から


「ブラックカルチャーを探して」の2回目は、ブラックカルチャーといえば真っ先に思い浮かぶブラックミュージックに長年かかわってきたDJ、ナオミさん。現地ニューヨークに住み、肌で感じてきた現実の厳しさを以ても、今回のBLM(ブラック・ライヴス・マター)運動の広がりに、今までとは違うものを感じたと言います。

※この連載は、弊社から2020年2月に刊行された『フライデー・ブラック』に対して寄せられた反響や、その後のコロナ禍、そしてアメリカから世界に広がったBLM運動を受け、同書を生んだアメリカの現状やそのルーツにあるブラックカルチャーを探ってみたい、という好奇心から始まりました。同書の翻訳者、押野素子さんに多大なご協力をいただきました。


マスクや水までが配られる、コロナ禍の集会現場


 8月現在、ニューヨーク市(以下NY)ではブラック・ライヴズ・マター(以下BLM)の抗議デモや集会が、5月の開始から1日も途切れることなく開かれている。
 抗議の方法も多岐にわたり、皆で自転車で走るものや、子供を中心としたアート制作、瞑想集会やオープンマイク(*1)など、「参加したい」と思わせるさまざまな工夫がなされている。


 今回のBMLの象徴であるジョージ・フロイド氏が警官に殺された3日後の5月28日木曜日、私はNYで第1回目のBLM集会に参加するため、マンハッタンのユニオンスクエア公園にいた。この日のNYはロックダウンから(経済活動再開の)第一段階に入る寸前。会場には100人ほどの20歳前後の若者たちがいた。人種はさまざまで、その初々しさとは裏腹に、マスクごしには激しい怒りと決意が見え隠れしていた。
 怒りの矛先である警官も100人はいただろうか。14歳の時に初めてBLM抗議デモに参加し、今は20歳だという女性はメディアの取材に対し、「6年経ったが何も事態は変わっていない。黒人が殺されるたびに自分が殺されているような気分になる」と怒りの涙をにじませた。

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 3月のロックダウン以来、全員が初めての集会だったと予想する。チャント(*2)のひとつ「ノージャスティス、ノーピース(正義なくして平和なし)」をみんなで唱えると、隔離生活で抑圧されていた心身が解放されたような気分になった。
 身分証を忘れた私は1時間ほどで退散。以降私はさまざまな抗議集会やデモに参加することになった。抗議デモでは寄付によってマスクやハンドジェル、スナックから水までが無料で配られている。素晴らしいオーガナイズぶりだ。どの集会にも日本人はほとんどいない。

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ブラックミュージックを長年紹介してきた私が今回の運動に感じたわずかな光

 感染リスクの高い中年の私がBLMに参加するのには理由があった。まずは以前のBLM集会に比べ、白人の若者たちの怒りが異常に激しいことだ。NYではフロイド氏の死と同時に事件が起きた。セントラルパークで、バードウォッチャーの黒人男性に「犬を放し飼いにしないように」と注意された白人女性が、「黒人に襲われている」と虚偽の通報をしたのだ。その動画はバイラル(*3)となり、多くの「白人も」憤った。この国の醜い負の遺産が現代のNYの平和な公園で現れてしまった(写真1)。

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写真1:文中にある騒動を伝えるタブロイド紙「Daily News」の一面。黒人や有色人種への偏見からくる不適切な言動を公然と行う白人女性のことを、KAREN(カレン)と呼ぶ。人種差別的な言動だけでなく、人混みでマスクをしない等モラルに欠けた行動を取りながら自分を正当化する人に対してもそう呼ばれる。アメリカやオーストラリアのメディアやネット上では、コロナ禍によってこうした人たちの言動が目立つようになってきているという。


 歴史を振り返ってみても、この嘘でどれだけの黒人が殺されたことか。(この事件についての)新聞の見出しもフロイド氏の死より大きく扱われたほどだ。構造的な人種差別の改革無くしてはこの国に明るい未来は訪れない、と若者たちが立ち上がった。SNSを駆使して。これは大きな改革になるかもしれないという期待と予感があった。「白人の沈黙は暴力である」と書かれたプラカードが多いのも今回の運動で見られる特徴だ。

 もうひとつの理由は、私の歩んできた道と関係がある。私は「日本で一番多くブラック音楽がかかるFM局」としてスタートした札幌のFMノースウェーブ(*4)で、1995年から今現在までラジオのDJとして生計を立てている。
 私が最初に出演した番組は、アメリカの老舗ダンス番組『ソウルトレイン』(*5)から世に出たグループ、シャラマー(Shalamar)(*6)のジェフリー・ダニエルズがDJを務める番組のアシスタントDJだった。マイケル(・ジャクソン)にムーンウォークを教え、振り付けもしていた人物である。オフエアの会話の中でジェフリーは、「イギリスの方が黒人アーティストに対して尊敬の念がある」と強調した。

 シャラマーのツアーで訪れたロンドンで、彼はドライブ中に警察に停められたという。ビクビクするジェフリーに警官は、ランドアバウト(環状交差点)の出口について親切に説明してくれたのだそうだ。私もロンドンに住んでいたのでその辺の温度差は理解しているつもりだ。
 アメリカでは黒人が白人警官に車を停められることは、大袈裟ではなく、死に一歩近づく事を意味する。もっともイギリスでも人種差別は存在するため、BLM運動は盛んだ。
 しばらくしてジェフリーがマイケル・ジャクソンに呼ばれてアメリカに帰り、私が番組を引き継いだ。以来25年間に渡り、音楽や映画、書籍などを紹介してきた。黒人が犠牲となる痛ましい事件が起きるたびに、アメリカ黒人の置かれた状況を変えることは不可能じゃないかと思えた。抗議デモも1ヵ月で終了、それがパターンだった。それが今回のBLMで、やっとわずかな光が見えるような気がしたのだ。

デモ現場で聞こえてきたのは、20歳で急逝したラッパー、ポップ・スモークの楽曲

 番組では新旧のプロテストソングをオンエアしている。ヒップホップでもR&Bでも、たくさんの新曲のプロテストソングがリリースされた。
 ところがニューヨークの抗議デモでは、2月に撃たれて20歳で亡くなったポップ・スモーク(Pop Smoke)(*7)の「ブルックリン・ドリル」と呼ばれるギャングをテーマにした、まったくプロテストソングではない曲がかかることが多いのだ。抗議デモの参加者が若いという証拠だろう。好きな曲で士気を高めることで、革命を自分たちの手でという覚悟が見て取れる。 

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 ポップ・スモークの「DIOR」(*8)は昨年の曲だが、今年本格的にヒットしている。冒頭の「Wait (待て)」を連呼する箇所は、腹の底からエネルギーを湧き立たせる働きがあるのでは?と、ヨガ効果を疑ってしまうほど。遺作(『Shoot For The Stars, Aim For The Moon』)は全米1位になった。それなのに彼はもういない。
 NYのBLM運動はブルックリン・ドリルとともに夏の後半に差しかかろうとしている。



*1 オープンマイク:(カフェやライヴハウスなどの)店のマイクを飛び入りの客に開放し、客が歌や演奏、詩の朗読、お笑い、手品などのパフォーマンスを行うこと。ここでは、抗議デモの中で自身の主張を披露すること。
*2 チャント:一定のリズムと節をもった、祈りを捧げる様式のこと。詠唱、唱和。念仏や読経、スポーツ観戦での応援歌などもチャントの一種。
*3 バイラル:ウイルスのように、情報が口コミでしだいに拡散していくさまを表す言葉。ウェブ・マーケティングの世界でよく使われる。
*4 FMノースウェーブ:北海道札幌市のFM放送局。1992年開局。音楽番組を中心とした編成が特徴。
*5 『ソウルトレイン』:1971年~2006年にアメリカで放送されていたソウル、ダンス音楽の番組。アーティストのライヴ演奏に合わせてダンサーが踊る人気コーナーが有名。
*6 シャラマー(Shalamar):1970年代~1980年代に活躍したソウル~ディスク・グループ。ジェフリー・ダニエルズのほか、後にソロ・アーティストとして活躍するジョディ・ワトリーやハワード・ヒューイットなどが在籍。80年代前半に「セカンド・タイム・アラウンド」や「ナイト・トゥ・リメンバー」などヒット曲がある。
*7 ポップ・スモーク(Pop Smoke):1999年、アメリカ・ニューヨーク州出身のラッパー、シンガー、プロデューサー。2018年に音楽活動をスタート。重くダークなサウンドと貧困層やギャングの抗争を描いたギャングスタラップを組み合わせたブルックリン・ドリルと呼ばれるスタイルで知られ、ニューヨークを中心に人気を集めていたが、2020年2月19日、カリフォルニア州ロサンジェルスの自宅で複数の強盗に銃で襲撃され、若干20歳で死亡。
*8 DIOR:前述のラッパー、ポップ・スモークのシングル。昨年7月にリリースされたミックステープ『Meet The Woo』に収録。

DJ ナオミ:OL、ロンドン留学、通信会社等を経て95年よりノースウェーブのDJとなる。ブラックミュージックに造詣が深く、その知識を番組に生かし多くの番組を担当、制作にも携わる。ラジオを通じてR&B、ヒップホップ、レゲエの普及に貢献してきた。現在担当する『Urban Hype from NYC』(ノースウェーブ 金曜20:00~22:00)では、最新のブラックミュージックを自ら選曲・構成している。ニューヨークはマンハッタン在住。
番組公式HP:https://www.fmnorth.co.jp/urbanhype/date/20191011/ 
twitter : https://twitter.com/djnaominyc 
Instagram: https://www.instagram.com/djnaominyc/?

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文・写真:DJ ナオミ

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