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「料理本の読書会」連載9回目のテーマは魯山人の鮎

双子のライオン堂書店の店主、竹田信弥さんとライターの田中佳祐さんの2人による連載、「料理本の読書会」9回目です。今回のテーマは、美食家や文筆家、あるいは美術家などとして知られる魯山人(ろさんじん)。明治~昭和を生きた、さまざまな肩書をもつ人物ですが、その実、どんな人だったのか、どんな本を残したのかを知らない方も多いはずですが、田中さんはそんな魯山人の著作に親しんできたということで、今回取り上げることに。田中さんは魯山人のどんな点に惹かれてきたのか、また、今回初めてその著作を読んだ竹田さんの感想は? 美術や料理へのこだわりを極める頑固な探求者というような一般的に広まっているイメージの裏に隠れた意外な魅力に迫る2人のやりとりをお楽しみください。

美食家? 芸術家? 肩書が定まらない魯山人


田中
 みなさん、こんにちは! レシピ本から歴史の本まで、さまざまな料理本を紹介する「料理本の読書会」が今日も始まりました。ライターの田中と双子のライオン堂書店の竹田の2人が、わいわい本と料理のお話をお届けします。
竹田 今回のテーマは、田中さんおすすめの  北大路魯山人  です。初めて読みました!
田中 僕は子供の頃から読んでいました。
竹田 名前は知ってるし、日本美術の展示を見に行くと「魯山人作」っていう焼き物があったりするけど、実のところ文章を読んだことなかったです。
田中 毒舌エピソードとか、突拍子もない行動は有名だと思います。フランスのレストラン「トゥール・ダルジャン」で鴨料理を頼んだ時に、自分のポケットから醤油とワサビを取り出して食べたのは有名ですね。(『魯山人味道』(中央公論新社 ※中公文庫)内「すき焼きと鴨料理――洋食雑感――」のエピソード)
竹田 え? それって海原雄山の話?
田中 『美味しんぼ』の海原雄山のモデルになったのが、魯山人だよ!
竹田 え? そうなの!
田中 魯山人初心者の竹田さんに、今日はオススメのテーマをお伝えします。「鮎」です!
竹田 というわけで、今回は魯山人の短いエッセイをご紹介します。

(『魯山人の料理王国』 北大路魯山人 著 文化出版局 1980年新装復刻)
「鮎の試食時代」「鮎の名所」「鮎ははらわた」「鮎の食い方」収録。

鮎の話はみんな同じ


田中
 今回は「鮎の食い方」「鮎の試食時代」「鮎の名所」「鮎ははらわた」「鮎を食う」の5作を課題本としました。竹田さん、簡単に紹介してみてください。
竹田 難しいなぁ。「鮎の食い方」は、とにかく鮎は新鮮さが一番。釣ったその場で食べろと書いています。「鮎の試食時代」は、京都の鮎を京都で食べると美味い。「鮎の名所」は、名所の鮎も生簀に入れてしまったら3日はもたない。「鮎ははらわた」は、東京で鮎を食べてもやっぱりいまいち。最後の「鮎を食う」では、東京にくる鮎は早くて2、3日は経っているから期待してない。全部まとめると、鮎は新鮮なうちに食えって、ということですね。
田中 竹田さん、エッセイを読む前に、魯山人について調べてましたよね?
竹田 魯山人は、書道や陶芸など多才な人だったようですね。職業がなんだかはっきりわからなかった!
田中 いや、魯山人の職業は魯山人だよ。
竹田 同じことを「スピードワゴン」の小澤さんが言ってたよ。
田中 魯山人は、20代で書道の才能が評価されて、仲間と一緒に古美術店を開きました。その後、美術品に高級食材をのせて出す料理店を始めて、話題になった。陶芸家としても評価されて、生涯で数十万点の食器を作っているそうです。政財界や文壇にも顔が広く、いろんな逸話が残っています。まあ、僕が好きなのは魯山人の食のエッセイだけなんですけどね。
竹田 なんかカッコいいな。
田中 ま、一言でいえば”鮎おじさん”ですね。
竹田 なに、そのジャムおじさんみたいな言い方(笑)。まあ、どの話も鮎は新鮮なうちに食えって、書いてあって、それが大切なことだということはわかりました。

(『魯山人味道』 北大路魯山人 著 平野雅章 編 中央公論社 1995年改版)
「鮎を食う」収録。

鮎は塩で食え!


竹田
 田中さんは、鮎の話のどんなところが好きなんですか?
田中 いつも同じようなことを書いてるところが、親しみやすくて良いなって思います。産地から離れた都会で、食べた鮎がよっぽど美味しく無かったんだろうなって。
竹田 こんな食べ方があったとか色々なことをいうんだけれど、結局はよけいな創作料理にせずに、塩焼きにして食えって言ってますよね。
田中 揚げたり、よけいな味付けをしてる鮎料理に対して「鮎をトリックで食う」なんてパンチラインがありましたね。
竹田 料理への文句のつけかたも、気が利いてる。今は、技術が発達してるから魯山人の時代とは魚料理の扱いの難しさが違うんだろうけど、当時の食の背景も知ることができて面白いです。
田中 他にも好きなところがあって。意外にも庶民的なこと、値段のことをが書いてあるんですよね。
「当時、京都相場なら二円くらいもする鮎が、一尾三十銭ぐらいで始終食えたのだ。それが洗いにすると、一人前が一円以上につく。」(「鮎の食い方」)
竹田 僕たちも、ご飯を食べる時に値段から見ちゃうもんな。
田中 身近なエッセンスが随所に入っているから、魯山人が好きなのかもしれない。
竹田 田中さんと一緒にご飯に行くと、こだわりありますよね、注文したあともずっとメニュー見てるもんね。
田中 魯山人みたいに気難しくないけどね!
竹田 僕は、魯山人の偉そうな文章が、妙に面白かったかな。苦手な人もいそうだけど、なんか滑稽なんですよね。書いていることは鮎の食べ方についてという……。
田中 ギャップ萌えですよ。
竹田 その言葉、久しぶりに聞いたよ! 偉そうな文章ばかりかと思うと「鮎は、ふつうの塩焼きにして、うっかり食うと火傷するような熱い奴を、ガブッとやるのが香ばしくて最上である。」(「鮎の食い方」)ちょっと可愛い感じもある。
田中 ここも、ギャップ萌えですよ。まあ、鮎の塩焼きが一番うまいから、仕方ないね。
竹田 だからギャップ萌えって古いよ! 「頭と腹の部分とを食い残し、背肉ばかりを食うようなのは言語道断で、せっかくの鮎も到底成仏しきれない。」(「鮎を食う」)という文章を読んで、鮎愛を感じました。鮎の魂と真剣に向き合っている。今回の課題作の中で推しの一文です。
田中 とにかく鮎についてたくさん文章を残していますね。このテーマを決めた時はすっかり忘れていたのですが、今回紹介した5作品の他にも「若鮎」三部作があるんです。
竹田 三部作って仰々しくて、『スター・ウォーズ』みたいですね。
田中 それ以上と言っても過言ではありませんよ!!! 僕にとってはね!!!
竹田 いつも以上に熱が入ってますね。
田中 僕のこの熱量で鮎を焼いて欲しいな。
竹田 熱すぎて、もう手がつけられない!

俺たちにとっての“鮎”


田中
 魯山人ほどじゃないけど、我々も食が好きですが、僕たちにとっての「魯山人の鮎」のような存在はなんですかね。こだわりの一品みたいな。
竹田 そうだなぁ。2人で蕎麦屋に行きますよね。
田中 担々麺屋にも行くなぁ。
竹田 それだとカッコつかないかもなぁ。蕎麦は通って感じがするけど、通は僕たち以外にもいっぱいいるもんな。
田中 寿司も好きだし、焼き鳥も好きだし……。
竹田 何か1つに絞りたいですね。かっこいいから。1つの食材を極めたい。
田中 んー桃かな。桃という物は、夏になると青果店へ並べられる。昨今は油桃(つばいもも)というものが流通していて、これが極めて美味い。ネクタリンという名前で店先に置いてある。モモによくある産毛が無く、ツルリとしていて手触りも良い。毛が無いものだから皮ごと食べても舌触りが良い。よく熟れたものは甘く柔らかく美味いが、採れたばかりのものも爽やかで小気味よい歯ごたえがあり、冷やして食べると猛暑のけだるさもスーッと引いていくようである。って感じかなー。
竹田 もう十分に魯山人じゃん。前も取材に行った時に、帰り道にわざわざ道の駅を探して、桃を買ってましたよね。僕は、この連載中の裏テーマとして、僕たちにとっての鮎的なものを探そうと思います。
(中略)
田中さんはペンネームに鮎の文字をいれてましたよね。魯山人が好きだからって。
田中 しーっ。
竹田 え、あれって秘密だったんですか?
田中 いつか美食覆面ライターになった時に、使うために作ったんですからね。
竹田 そんな野望があったんですね!
田中 僕も美食家になって、『美味しんぼ』のキャラクターとして登場したい!
竹田 じゃあ、まずは鮎のエッセイを書くところから始めないと。
 
(その後、新鮮な鮎を釣りに旅に出る2人であった)
 
次回は、BBQをテーマにお届けする予定です。

文・構成・写真:竹田信弥(双子のライオン堂)、田中佳祐
イラスト:ヤマグチナナコ

著者プロフィール:
竹田信弥(たけだ・しんや)

東京生まれ。双子のライオン堂の店主。文芸誌『しししし』編集長。NPO法人ハッピーブックプロジェクト代表理事。著書に『めんどくさい本屋』(本の種出版)、共著に『これからの本屋』(書肆汽水域)、『まだまだ知らない 夢の本屋ガイド』(朝日出版社)、『街灯りとしての本屋』(雷鳥社)など。最新刊は、田中さんとの共著『読書会の教室――本がつなげる新たな出会い 参加・開催・運営の方法』(晶文社・写真下)。FM渋谷のラジオ「渋谷で読書会」MC。好きな作家は、J.D.サリンジャー。

田中 佳祐(たなか・ けいすけ)
東京生まれ。ライター。ボードゲームプロデューサー。NPO職員。たくさんの本を読むために、2013年から書店等で読書会を企画。編集に文芸誌『しししし』(双子のライオン堂)、著書に『街灯りとしての本屋』(雷鳥社)がある。出版社「クオン」のWEBページにて、竹田信弥と共に「韓国文学の読書トーク」を連載。好きな作家は、ミゲル・デ・セルバンテス。好きなボードゲームは、アグリコラ。

双子のライオン堂
2003年にインターネット書店として誕生。『ほんとの出合い』『100年残る本と本屋』をモットーに2013年4月、東京都文京区白山にて実店舗をオープン。2015年10月に現在の住所、東京都港区赤坂に移転。小説家をはじめ多彩な専門家による選書や出版業、ラジオ番組の配信など、さまざまな試みを続けている。

店舗住所 〒107-0052 東京都港区赤坂6-5-21
営業時間 水・木・金・土:15:00~20:00 /日・不定期
公式HP https://liondo.jp/
公式Twitter @lionbookstore

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