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先送り

薬剤師として働いていた数年前、とある薬を服用し始めた患者が、最近こういう事があると、確率としては10万人に1人で現れる副作用の症状を訴えた。

もちろん、気のせいもあるし、ただのタイミングの可能性もあるし、万が一の副作用の可能性もある。もちろん、問われれば、確率も話したうえで、説明する。患者の服用しようとする意志と、医師の処方意図を損なわないよう、細心の注意を払って説明する。ここまでの流れで、大抵の薬剤師は、その苦労を理解してくれるだろう。

今でこそ、そういう医師は少数派だと思うが、薬剤師が自身の業務を全うしているだけなのに、文句を言ってくる医師はいる。医師の処方箋のミスを電話で伝えるという緊急性のある事でも、時に数時間待たされたり、超不機嫌な対応だったりと様々だ。患者も、理解のある人ばかりではない。遅いだの、なんだのと、こちらに牙を向ける。
なんだ?この仕事は(笑)

この時は、患者が医師に、薬剤師がこう言っていた、私は飲みたくないと言ったことで、私の所属する会社が謝罪するような事態になった。意味不明である。挙句に、処方はそのまま出せ、副作用の説明はもってのほかだ、という流れ。

こういうところを読む人には、考えられない事だと思うが、数年前まで普通にあったし、これよりひどい事もあった。今は現場にはいないので、何も言えないが、患者(国民)が一番怒るべき事案である。いやいや、お前の会社の方針が悪いんだろう?と思われるかもしれないが、違う。政治力を持っている医師を頂点とした構造的問題、つまり、あのなんとかという会のことだ。

本来なら、患者が自分の治療方針を持つべきではないか?用語の説明とか、法令ではとか、そういう事ではなく、当たり前の事として。その決定を助けるための医療の専門家である。いろいろ行政的にも、そこら辺の意識を変革していっているのは、現場にいればわかる。でも、やり方がまずい。まず、文句の言えない薬局や薬剤師に、とんでもない要求を突き付けてくるというおかしな現状だった。医師がやれば済むことを。

そして、そのように患者の意識から、決定権を奪ってきた結果が、現在の状況である。自分の身体や健康に責任を持って生きるのは当たり前の事だ。すべての情報を同じウエイトで出し、それを本人が判断する、という当たり前のプロセスを怠ってきたのが、現在の混乱の一因である。あえてか、結果的にかはわからないけど。

それらを考えていると、最近では、人を殺すのは人だな、と思うようになってきた。
事故や怪我や病気は、避けられないもので、それだけなら、きっと人は、普通に生まれ、普通に生き、普通に死ぬだけだろう。
ところが、憎悪や貧困や、欲望や悦楽によって、死ななくてもいいのに死んでいる気がする。そして憎悪や貧困は作られているし、欲望や楽をしたい気持ちは、日常的に刺激されている。それで儲ける人間のために。

まずは自分だな。
考えて、動いて、考えて、動いて。
それを繰り返す毎日だ。

終わり。↓おまけww

医師の事ばかり書いたが、患者もなかなかだ。医師に服薬を怠っていることを注意された人が、「薬剤師が飲まなくていいと言っていた」と、こちらに濡れ衣を着せたことがある。その病院の薬局薬剤師が、鬼の形相で、患者さんも待っている薬局に飛び込んできたことがあった。迷惑。

いくら何でも、薬を飲まなくていいなどと薬剤師が言うわけがない。患者が飲みたくなくても、その内容によって、医師に連絡をとったり、リスクとベネフィットの薬学的な説明をしたり、最後には、勝手な服薬中止ではなく、医師と相談するよう、必ず伝える。飲まない事で健康被害があっては、患者のためにならないし、薬剤師としても法的に問題だ。

まるで、医療の中間管理職。

本当に終わり。

現在、「自分事典」を作成中です。生きるのに役立つ本にしたいと思っています。サポートはそのための費用に充てたいと思います。よろしくお願いいたします。