自然淘汰

「ラ、ラブレターをもらったあ！？」

天声人語 翔の声が廊下に響く。






僕の名前は右往左往 賢一。

今日、生まれて初めてラブレターをもらった。

珍しい名字だって？
でも今の日本に「右往左往」って名字の人間は、5030人もいるみたい。



僕の先祖の名字無男は日本の戦国時代、地主の召使いとして働いていた。

領地争いの最中だった当時では珍しく、簿記2級の他にポルトガル語検定やiPod touch(この時日本ではまだ発売されていなかった！)を持っていた名字無男はその能力を買われ、織田信長に拾われたみたい。

そこで南蛮貿易に関わることになり、海を渡りポルトガルの地を踏む。

もちろん名字無男にとってポルトガルは未知の土地。文字通り右も左もわからず、右往左往してたみたい。

かといって上と下、そして前後ろに関してよく知っていた(名字無男の父は上下知蔵、母は前後知子という名前だったそうだ)し、焦る必要はなかったんだけどね。

ただ1番の痛手は、現地の人が話すポルトガル語がわからなかったこと。

頭の天辺を剃り落とした髪型のポルトガル人の話すスピード、そしておもてなしのカステラ（これが口中の水分を奪ったみたい！）を前にして、名字無男はタイで初めて食べたパクチーにカメムシを感じた時のようにたじろいだ。

いくらポルトガル語検定を取得していたとはいえ、本物のポルトガル人と話したことはなかったからね。

名字無男は身振り手振りと、持っていたiPod touchに入っていたGoogle翻訳を駆使してなんとか商談を取り付けた。


そうして日本に帰ってきた名字無男の働きぶりを聞いた織田信長は、彼に敬意と好意、そして少しの茶目っ気をこめて「右往左往」という名字を与えたそうだ。

そこが右往左往家のルーツと云われている。




話を現在に戻そう。

この僕、右往左往 賢一が、人生初のラブレターをもらったってわけ。

相手は誰かって？
手紙を見てみようか。


『右往左往くんへ

　　　名字に惚れました。
　　　結婚を前提に私と付き合ってください。

　　　　　　　　　　　一撃必殺 豊子より 』


一撃必殺 豊子。



春に隣の県から引っ越してきた転校生の彼女。
ここ、四字熟語高校の中でトップクラスの美貌を持つ女の子だ。


「名は　体を　表す」


彼女は転校初日の自己紹介で黒板にそう書いた。

その時教室にいた僕らに、初めて食べたドラゴンフルーツが、意外と味が薄いとわかった時くらいの衝撃が走った。


そこから彼女の勢いはすごかった。


同じクラスの五里霧中 清や知覚過敏 健はもちろん、僕らの学年のほとんどの男子をメロメロにしていった。
有名どころでは2組の試行錯誤 尊も、3組の優柔不断 烈も、果ては明鏡止水先生まで、心をざわつかせていた。
最後の砦と言われた4組の絶対防御 智でさえ、彼女の転校から1ヶ月足らずで恋に落ちていた。


まさに一撃必殺。


そんな一撃必殺 豊子からのラブレター。


　青天霹靂。


　因果応報。


　多事多難。



様々な四字熟語が頭の中を駆けずり回ったけど、僕がとった行動はただ一つ。
いや、この行動をとることしか出来なかった。

右、左、そしてまた右へ、左へ、何度も何度も右へ左へ舵をきった。

いつもよく遊んでいる疑心暗鬼 竹千代の声が遠くなり、視界が狭くなってきた。
不思議と上下と前後の感覚はなくならなかった。
けど自分が左右どちらを向いているのか、わからなくなった。

それでも僕はなりふり構わず右往左往した。
先祖の名字無男でさえもこれほど右往左往は出来なかっただろう。



―――残念ながら、ここから先の記憶は残っていない。
けどこの出来事の様子は、学級日誌のコメント欄で二字熟語先生によって語られる。

『四字熟語高校に勤めて20年経つが、私はあれほどの名は体を表しっぷりを見たことがない。』




人生での右往左往を使い切ったかと思われた出来事だったけど、その後僕は一撃必殺 豊子と付き合い、ついにプロポーズをした。
入籍前夜、つまり豊子と名字が異なる最後の夜、彼女は僕にこう言った。


「賢一くんに、婿入りしてほしいの。」


覚えているだろうか。
彼女は僕の名字に惚れたと言っていたことを。


けど、僕にはもう右へ左へ行く右往左往が足りなかった。
名実ともに右往左往ではなくなっていたのだ。

抗う術はなく、僕は一撃必殺家に婿入りした。

一撃必殺 豊子は、最後まで一撃必殺だった。
















「へ〜、名は体を表すねえ。」

弱肉強食 虎太郎は、読んでいた本をそっと棚に戻した。







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右往左往　賢一　　　ウオウサオウ　ケンイチ


一撃必殺　豊子　　　イチゲキヒッサツ　トヨコ


名字無男　　　　　　ミョウジ　ナシオ
上下知蔵　　　　　　ジョウゲ　シルゾウ
前後知子　　　　　　ゼンゴ　チコ
織田信長　　　　　　オダ　ノブナガ


天声人語　翔　　　　テンセイジンゴ　カケル
五里霧中　清　　　　ゴリムチュウ　キヨシ
知覚過敏　健　　　　チカクカビン　タケシ
試行錯誤　尊　　　　シコウサクゴ　タケル
優柔不断　烈　　　　ユウジュウフダン　ツヨシ
絶対防御　智　　　　ゼッタイボウギョ　サトシ
疑心暗鬼　竹千代　　ギシンアンキ　タケチヨ

明鏡止水　成平　　　メイキョウシスイ　ナリヒラ
二字熟語　司　　　　ニジジュクゴ　ツカサ


Special Thanks
弱肉強食　虎太郎　　ジャクニクキョウショク　トラタロウ