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「ダサい」という言葉

若者言葉や省略語について、たまたま考える機会があり、前回は「うざい」という言葉について書いてみました。

今回は「ダサい」について書いてみます。と言っても、何か新説を披露する訳ではなく、自分自身が気になって調べた結果のまとめのようなものです。
なお、トップ画像は、前回と同じくソエジマケイタさんの作品をお借りしました。


手元の国語辞典を調べてみた

まずは、自宅にある国語辞典で「ださい」を調べてみました。その結果は次の通りです。

広辞苑(岩波書店)第2版 1975年
 不掲載
明治書院精選国語辞典(明治書院)再版 1995年
 不掲載
大辞泉(小学館)第1版 1995年
 〔形〕あかぬけしないことを俗に言う語。やぼったい。「―い趣味」
三省堂現代新国語辞典(三省堂)第2版 1999年
 〔形〕〔俗語〕あかぬけてなくて、やぼったい。かっこうがわるい。
三省堂国語辞典(三省堂)第5版 2001年
 〔形〕〔俗語〕やぼったい。かっこわるい。
広辞苑(岩波書店)第6版 2008年
 〔形〕野暮ったい、洗練されていない意を表す俗語。「―い格好」
明鏡国語辞典(大修館)第1版 2008年
 〔形〕〔俗〕あかぬけしない。野暮ったい。「―服」
新明解国語辞典(三省堂)第7版 2017年
 〔形〕 服装や身のこなしなどが、見るからにやぼったく感じられる様子だ。〔俗語的表現〕「―男」

1975年の「広辞苑」の次が1995年なので、この20年間の空白は残念です。古い辞書は処分してしまったのでしょう。
1995年発行の「明治書院精選国語辞典」には、「ださい」という項目はありませんでした。この辞書は娘が高校に入ったときに指定されて購入したものです。監修者の宮地裕さんは、大学の国語学の恩師でした。
同じ年に発行された小学館の「大辞泉」には「ださい」が採りあげられています。
「広辞苑」は、1991年発行の第4版に「ださい」がないことは確認しましたが、1998年発行の第5版ではどうだったのか、気になります。2008年の第6版には収録されていました。

「ださい」の意味はどの辞書も「あかぬけしない。やぼったい。かっこうがわるい。洗練されていない」などの意の俗語ということで共通しています。

いずれにしても、手元に辞書のない1975年から1995年までの「空白の20年」について、調べるしかないようです。


困ったときのネット検索

まずは手っ取り早くWikipediaで「ださい」を調べてみました。

ダサいとは、「恰好悪い」「野暮ったい」「垢抜けない」などといった意味を持つ俗語である。1970年代前半から関東地方の不良少年や女子高生の間で盛んに用いられ、1970年代後半には若者語として定着した。

Wikipedia

「不良少年」とは、懐かしい響きの言葉です。子どもの頃はよく「不良」という言葉を耳にしましたが、最近はあまり聞きませんね。禁止用語ではありませんが、最近は「不良」というレッテルを貼るのが難しくなった気がします。
1978年版の『現代用語の基礎知識』に、早くも「ダサい」が採り入れられています。そこには「暴走族を発信源とした言葉」と説明されているそうです。

日本語学者に|飯間浩明《いいまひろあき》という人がいます。「三省堂国語辞典」の第6版の編集にも携わっています。この人が運営しているウェブサイト「飯間浩明のことばのページ」に、「ダサい」という言葉について書かれています。その中に、1970年代に「ダサい」という言葉を聞いたという人の話が、関東を中心に複数紹介されていました。

この時代に「ダサい」を使った用例を探していると、前原大輔という作家の作品を見つけました。

相談にやって来た石松は、「ほかに適任者がござんせん。そう知ってもこの番、預かるなんて、番格の風上にもおけねえダサイ(格好わるい)奴よと、“武線”に笑われます」と、嘆いた。

『バンカク』 1973(昭和48)年7月10日 前原大輔

出典の『バンカク』とは「番格」で、番長と同格の組織の用心棒のことです。前原大輔氏には、若者の性と暴力をテーマとした作品が多く、「スケバン文庫」というシリーズ本を自ら発行しています。

ここまででわかることは、

①「ダサい」という言葉の文字としての初出は1973年である。
②最初に使い出したのは、非行グループの若者だったらしい。
③関東地方で使われはじめたらしい。

まあ、Wikipediaに書かれていることとほぼ同じですね。
非行グループで使われだした「ダサい」は、やがて若者の間にひろがり、さらに大人たちにも使われるようになります。辞書にとりあげられるようになるまでの20年間は、「ダサい」が日本国中に拡散する時間だったのでしょう。


「ダサい」の語源は何か?

「ダサい」という言葉が気になったのは、実はこの言葉の語源を次のように説明したものを読んだからでした。

ダサいは、「田舎」を「だしゃ」と読み、形容詞化した「だしゃい」もしくは「だしゃ臭い」が転じて「ダサい」となったとする説が有力とされる。

語源由来辞典(語源辞典サイト)

「ダサい」は、洗練された都会的な様子とは対極にある「田舎っぽい」様を表す言葉なので、この説明を初めて読んだときは、「目から鱗」の印象でした。
しかしよく考えると、「田舎」を湯桶読みで「たしゃ」または「だしゃ」と読むことは考えられません。あえて音読みで読むならば「デンシャ」でしょう。和語の「いなか(ゐなか)」は古くからあり、『万葉集』にも用例があります。

昔者社 難波居中跡 所言奚米 今者京引 都備仁鷄里
(昔こそ難波田舎と言はれけめ今は都引き都びにけり)

「万葉集」巻三312 藤原宇合

平安中期の菅原孝標女の『更級日記』にも「田舎」という語が出て来ます。物語の世界に憧れる少女だった作者は、「この源氏の物語、一の巻よりしてみな見せ給へ」と祈るのですが、手に入りません。そんなある日、叔母にあたる人の家を訪れて、待望の物語をもらって帰ります。

いとくちをしく思ひ嘆かるるに、をばなる人の田舎より上りたる所に渡いたれば、「いとうつくしう生ひなりにけり」など、あはれがり、めづらしがりて、帰るに、「何をか奉らむ。まめまめしき物は、まさなかりなむ。ゆかしくし給ふなる物を奉らむ」とて、源氏の五十余巻、櫃に入りながら、在中将、とほぎみ・せり河・しらら・あさうづなどいふ物語ども、一袋とり入れて、得て帰る心地のうれしさぞいみじきや。

「更級日記」

「田舎」は「都」から離れた土地で、いわゆる「地方」です。「田舎」という漢字をあてるのは、漢籍からよく似た意味の語をマッチングしたものでしょう。漢語の「田舎」は、耕地(田)と住居(舎)との組み合わせですね。
『源氏物語』や『枕草子』にも「田舎」という語は見いだせます。

「田舎」とよく似た意味の言葉に「ひな」があります。厳密な使い分けがあるのかどうかは分かりませんが、「田舎」は「都の周縁部」も指す言葉であるのに対し、「鄙」はもっと遠隔地を指すような気がします。

天離あまざか長道ながぢゆひ来れば明石のより大和島見ゆ                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                 

「万葉集」巻三255 柿本人麻呂


「ダサい」~「だしゃい」~「田舎い」から、ちょっと寄り道してしまいました。もう一度結論を言えば、「田舎い」語源説はこじつけでしょう。

もう一つ、これは絶対に違うと言う語源説を紹介しておきます。

埼玉県を「野暮ったい」「あか抜けない」と揶揄するのに、「だって埼玉だもん」と言ったことから、それを省略して「ダ埼玉」としたのがもとになって「ダサい」という語が生まれた。

埼玉県民が聞いたら怒りますよね。しかし、この語源説はけっこう広く信じられていたようです。実はこの「ダ埼玉」は、あのタモリさんが80年代にバラエティー番組の中で、埼玉県をからかって使ったものだとか。「ダサい」と「埼玉」を掛け合わせて「ダ埼玉」という言葉を造ったのです。ということは、すでに「ダサい」という言葉があるわけですから、語源にはなりませんね。

ほかにも、太宰治の名前がもとになっているとか、谷岡ヤスジが酔っぱらって、「野菜」と言おうとして「ダサい」と言ってしまったのが始まりだとか、いくつか語源説がありますが、どれも取るに足らないダジャレみたいなものです。
結論を言えば、「ダサい」の語源は不明としか言いようがありません。

しかし、「わからない」で終わってしまうのは残念なので、自分も頭を絞ってみました・・・・・・が、やっぱり分かりませんね。
大阪ではよく「どんくさい」と言いますが、この「どん(鈍)」が「ダサい」の「ダ」と似ているかも。いや、「ダサい」の「ダ」は、「駄馬」や「駄作」の「駄」ではないか。
そんなことを考えてみたのですが、真相は闇の中です。


「カタカナ+い」の若者言葉

長くなりましたが、今回この若者言葉について考えてみて、気がついたことがありました。それは、「ださい」ではなく「ダサい」だということです。前回の「うざい」も「ウザい」かもしれません。
そう思って考えてみると、「ナウい」「エロい」「エモい」のような英単語がもとになっているものや、「ケバい」「キモい」「ハズい」「ムズい」のような略語があります。3文字であることも共通しています。カタカナ部分だけを取り出して、「キモ」とか「ムズ」と言っても通じますね。SNSを担う若者の、何でも短くしてしまう文化が、ここにも表れています。最近は「り」の一文字で「了解」の気持ちを伝えるとか。

若者語・若者言葉は変化が激しく、まだまだ奥深そうなので、今回はこれくらいにしておきます。


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