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五風十雨~ぼくの日常~はじまり

ぼくがちょっと知っている「ある人」

ぼくの知り合いに・・・と書き始めて、いきなり筆が止まってしまいました。「~合い」には「互いに」という意味があるはず。その人とは個展で一度お目にかかっただけなので、「ちょっと知っている人」というほうが、正確かもしれません。

もとい・・・あっ、また筆が止まってしまいます。この言葉、高校生の時に数学の先生が時々使っていました。最初は何の意味かわかりませんでしたが、間違ったときにもう一度最初から始めるときにこの言葉が使われているので、「元へ」なのかな、と勝手に理解していたのです。

でも違うのですね。「もとい」は、髻を結び束ねる紐や糸のことを指す「元結」から来た言葉で、髷を結い直すとき元結を締め直すことから、間違った時に元のところに戻るという意味合いで使われるようになったようです。

あれっ、何の話だったかな?
そうそう、ぼくがちょっと知っている「ある人」の話でした。その人は、書家で篆刻家で、小説家で歌舞伎通で・・・とまあ、いろんな道に秀でた女性で、ぼくとは対極にいる人なんです。

川浪さんの篆刻

小説『五風十雨』

その人が書いた小説の中の一冊の題名が、『五風十雨――京の塗師屋ものがたり』でした。
ああ、やっと「五風十雨」にたどり着きました。この小説は織田作之助賞候補の最終選考にまで残ったそうです。

五風十雨・川浪春香

あっ、名前わかってしまいましたね。
ぼくはそれまで「五風十雨」という言葉を知りませんでした。辞書で調べると次のように説明されていました。

「五日ごとに風が吹き、十日ごとに雨が降る」意から、「気候が穏やかで順調なこと」「世の中が平穏無事であること」のたとえ。

出典は、中国後漢時代の思想書『論衡』で、その中にこの言葉が出てきます。

「太平之世、五日一風、十日一雨、風不鳴枝、雨不破塊、雨必至夜」
(太平の世は、五日にして一たび風ふき、十日にして一たび雨ふる、風枝を鳴らさず、雨塊を破らず、雨必ず夜に至る。)

新シリーズ「五風十雨」

「穏やかな気候で農作物が育ち、世の中平和ですべて順調」というのが、この「五風十雨」です。コロナ禍で心身ともに疲弊し、発生から2年が過ぎても、なお世界中がその渦から抜け出せない現在、覇権主義や独裁政権が大きな顔をし、平和という言葉がときに空しく響くこの時代だからこそ、「五風十雨」という言葉に願いをこめて、ぼくの日常のつぶやきを記すシリーズにしたいと思います。



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