大阪市の神社と狛犬 ㉑住之江区 ①加賀屋天満宮~奉献年不明の拝殿前穏やか狛犬~
大阪市住之江区の地図と神社
大阪市には、現在24の行政区があります。住之江区は、昭和49年(1974)に住吉区の分区により誕生しました。大阪市の湾岸部南端に位置し、北部は木津川に、南部は大和川に、西部は大阪湾に接しており、面積は大阪市24区中で最大です。
住之江区の大半は、大和川の付け替えとそれに伴う浅瀬の拡大や、加賀屋甚兵衛による新田開発等により、西へと拡大してできた陸地です。大阪南港のある咲洲は人工島で、北部のコスモスクエアには、アジア太平洋トレードセンター(ATC) や、大阪府咲洲庁舎などの大規模な施設があります。
住之江区には神社庁加盟の神社が4社あります。これ以外に、咲洲に桜島神社があります。咲洲では唯一の神社で、平成8年に日立造船エンジニアリングセンターが南港に移転した際に建立されました。桜島神社には狛犬はいませんので、他の4社について、順次投稿します。
住之江区の1社目は加賀屋天満宮に参拝します。大阪メトロ四つ橋線「北加賀屋駅」の北西約300mほどの場所に鎮座します。道路を隔てた北側に北加賀屋公園があります。
加賀屋天満宮
■所在地 〒559-0011 大阪市住之江区北加賀屋5-2-4
■主祭神 菅原道真公
■由緒 この辺り一帯は、もと住吉浦の寄洲(土砂が風波で吹き寄せられてできた州)であったが、慶応元年(1865)に東成郡天王寺村天下茶屋の柴谷利兵衛が木津川尻を開発し、翌年検地を受けて新田となった。この新田開発の際に、鎮守のために勧請したのが当社の始まりである。当初の鎮座地は旧住吉区柴谷町辺りだと思われるが、大正時代になって軍艦などを建造する造船所が設けられ、昭和の第2次大戦時には軍から立ち退きを命じられた。その後、一時廃絶していたが、昭和26年に本殿、拝殿、社務所が再建された。
社名についても疑問が残る。創建の由来を考えると、柴谷天満宮でもよさそうだが、当初はどうだったのか。加賀屋天満宮は移転後の名前のような気がするが、それも不明である。
狛犬1
■奉献年 平成十年三月(1998)
■作者 不明
■材質 花崗岩
■設置 正面鳥居前
平成10年(1998)奉納の、阿形玉取り・吽形子取りの石造狛犬である。顔の周辺や尾の左右の巻毛を大きく誇張する。阿吽とも鋭い牙を持つ。玉(鞠)と子狛を押さえる前肢が、強面の顔と対照的で、とても単調でかわいらしい。
狛犬2
■奉献年 不明
■作者 不明
■材質 花崗岩
■設置 拝殿前
拝殿前に坐す石造狛犬は、台座に紀年銘も何も記されていない。一見古そうに思えたが、全体に彫りが浅く、顔の表情は江戸時代の浪速狛犬とは異なる。特に阿形の下顎の中央から富士山型に立ち上がって上顎につながる舌の表現は、比較的新しい。確証はまったくないが、おそらく昭和の狛犬だろう。目と鼻と耳がほぼ横一直線上に並ぶ平べったい配置で、威圧感はなく穏やかな狛犬である。
なお、拝殿後方の本殿内部にも小型の石造狛犬が安置されている。
狛犬3
■奉献年 昭和六十三年十月八日(1988)
■作者 不明
■材質 青銅製
■設置 境内社 淡島宮大明神・方除宮大明神 鳥居前
境内社である淡島宮大明神と方除宮大明神の二社の鳥居前に、青銅製の狛犬が奉納されている。台座に昭和63年の紀年銘と奉納者の名前が彫られているが、狛犬本体や第一台座に銘は見当たらない。
阿形が垂れ耳、吽形が立ち耳で角はない。首に大きな鈴をつける。正確には阿吽とも獅子である。滋賀県の大宝神社の木造狛犬の姿を模した、いわゆる護国型狛犬である。青銅製の狛犬の中には、細部まで絶妙な造りのものがあるが、この狛犬はおおらかな出来映えといえる。
狛犬4
■奉献年 昭和六十年十二月(1985)
■作者 不明
■材質 花崗岩
■設置 境内社 方除宮大明神前
昭和60年奉納の花崗岩製の狛犬である。方除宮大明神の祠は、以前は木造だったが、石製に新調されている。
加賀屋天満宮境内
〈一願神牛〉
〈筆塚〉
〈加賀屋稲荷大明神〉
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