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犬が苦手という気持ちが、ついに爆発した

前回の投稿より少し前の話。

子犬を迎えてから1ヶ月半が過ぎようとしていた頃、肺がんで闘病中だった義父が亡くなった。73歳だった。

犬好きの義父に子犬を会わせるため、用事で妻の実家に行くときには毎回ケージを始めとしたお世話グッズを車に積み込んで大荷物で移動していた。

ベッドで寝た切りだったにもかかわらず、子犬を連れていくと毎回本当に嬉しそうで、ベッドの上を歩かせて可愛がっていた。
義父が付けている酸素マスクのチューブを噛み切ってしまわない様、細心の注意を払いながらそんな様子を皆で見守っていた。

当時約4㎏だった子犬のしっぽをいきなり鷲掴みし、そのままグイっと持ち上げて「これをやって鳴かんのは、ええ柴じゃ」と得意げに謎の品評(?)をして皆を慌てさせ、「かわいそうだからやめて!」と妻に怒られていたザ・昭和気質の義父。

そんなやりとりから約1週間後、義父は逝ってしまった。

余命半年と告げられてから約1ヶ月後のことであり誰も心の準備は出来ていなかったが、慌ただしくも無事に葬儀を終えることができた。

義父が亡くなった日から数日間、妻は葬儀場や実家に連日泊まる事になった。葬儀が済んだあとの一人残された義母のメンタルが心配だったからだ。

流石にこの場に子犬を連れて行くわけにはいかなかったため、私と娘たちは自宅と葬儀場と妻の実家を行き来し、私はいわゆるワンオペ状態で家事や子犬の世話をしていた。

葬儀が終わるまでの3日間は家を空ける時間が多く、何度も出たり入ったりを繰り返し、その上普段よりも随分遅い時間に帰宅したものだから、余程寂しかったのだろう。
通夜が終わって21時前に帰宅したとき、子犬は今までに聞いたことのないほどの絞り出すような大声で絶叫し続けていた。(食事は17時頃に一時帰宅した時にあげていた)

サークル内ではペットシーツもカーペットもかつてないほどビリビリに噛みちぎられ、糞尿をそこら中に巻き散らかしていた。
ここまで長い時間留守番をさせたことがなかったので当然のことだろう。

そして、以前の記事に書いたフードアグレッシブもこの時に起きた出来事だった。

その後も、飲み水を交換しようと思い水用トレーをクレートの柵から外そうとしたところ、子犬は食事の時と同じ様にもの凄い剣幕で怒り出し、私の腕に飛び掛かって咬みついてきた。

咬みついた子犬を反射的に振り払ってしまったが、もしこういうシチュエーションになったなら、「咬めるもんなら咬んでみろ」というスタンスを取ると予め決めていたので、トレーを持った方の腕を子犬にグイっと押し出してみたけれど、それ以上は咬みついてこなかった。

この時はとにかく怒り狂っているように見えたので、本気で咬みついてきたと思っていたが、後になって考えると加減して咬んでいたのだっと気付く。

なぜなら私も次女も、咬まれた箇所に大した傷は出来ていなかったからだ。
次女の腕には犬歯の跡から少し血が滲んでいたけれど、私の腕にはこれといった傷跡は出来ていなかった。

このような騒動がありつつも、翌日の葬儀に備えて早めに準備して寝たいと思い、さっさと家事を終わらせようと意気込むも、娘たちは普段のようにダラダラとスマホやゲームばかりして一向に風呂に入らず寝ようともしない。

そんな娘たちを横目にイライラしながら食器の後片付けや洗濯、慣れない喪服の準備、掃除などをしていると気付けば深夜2時を回っていた。
しかたがない、こんな状況なのだから、と自分に言い聞かせつつ、粛々とタスクをこなすように努めていた。

しかし、このような数日間のワンオペが、ついに私の我慢の限界を超えてしまったのである。

一方その頃、実家で寝泊まりしていた妻は、義母、義妹、義弟、それと義弟の奥さんも交えて皆で深夜遅くまで語らい、とても穏やかな時間を過ごすことが出来たという。

それは本当に良かったね、と言ったのは本音ではあった反面、ここ数日間の出来事が、犬に対する苦手意識が拭えない自分にとってはあまりにストレスフルであったため、「今回、初めて真剣に子犬を手放したいと思い、里親に関するサイトを眺めていた」と妻に告げた。

私にとってのストレスは子犬の攻撃性に対する不安だったのだけど、妻にとってのストレスは、頭の中が常に子犬のことで占められている私に対してのものだと告げられた。

私が最も問題視しているフードアグレッシブについて、妻としては「むしろ、アグレッシブじゃない犬の方が見たことない。普通のこと」と、全く問題視していないという見解。

さらに「食べてる時に攻撃的になるならその時だけ離れていれば良いし、この子はとても平均的な行動をとっている犬だと思う。そして、全く持って問題犬ではない」とのこと。

妻は私が買った飼育本の類は一切読もうとせず、しつけに関するネット検索もほとんどしていない(と思う)。

そんな妻から言わせれば、「本に書いてある通りにやって解決出来れば誰だって苦労しない。子育てと一緒」と、諭された。

実家で和犬の雑種と紀州犬を飼っていた妻は「誰にでも愛想を振る舞うヘラヘラした洋犬より、馴れ合わない和犬の方が好み」という価値観の持ち主であり、そんな犬が苦手な私との間には決定的な溝があるものの、自分の犬が一番可愛いという事については意見が一致する。

このやり取り以降、基本的に私がひとりで行っていた子犬の散歩の練習に、妻も同行する機会が増えていった。

そしてこの後、散歩こそが犬にとっては勿論、私のような犬が苦手な育犬ノイローゼ気味の飼い主にとって、多くの問題を解決する万能薬であったのだと思い知る事になる。



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