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落語(21)王子狐の行列(後編)

◎大みそかの夜、装束榎のもとに集まってきた関八州こと武蔵(東京)、上州(群馬)、下野しもつけ(栃木)、常陸ひたち(茨城)、相模さがみ(神奈川)、安房あわ(千葉県南部)、上総かずさ(千葉県中部)、下総しもうさ(千葉県北部)の狐たち。地元の住人たちはこの時の「狐火」によって一年の収穫の吉凶を占ったといいます。さて、今年もそろそろ狐たちが行列をなして王子稲荷神社へと向け歩いてくる頃です。今年はめでたく五穀豊穣となるのでしょうか。

村長「えー、村の衆。この度はあけましておめでとう。今年もわが王子村、こうしてめでたく一同が新年を迎えることができた。これというのもひとえにお稲荷様のおかげである。従って今年も感謝と畏敬いけいの念をもって粉骨砕身、農業に励んでもらいたい。分かったな?…お、どうやら新年恒例の狐の大行列がやってきたようだな…ん?   いつもなら千匹くらいいるのに、今年はやけに少ないなぁ。なんだか狐につままれたみたいだ…まぁ、いいや。えー、例年であればここで『狐火』を見て収穫の吉凶を占うところだが、素人の占いはしょせん素人の占い。当たってるんだか外れてるんだか分かりゃしない。そこで今年はひとつ趣向を変えて本職に占ってもらおうということに相なった。今日は易の偉い先生をお呼びしてある。ささ、どうぞ先生こちらへ」

易者「ったく、ふざけやがって。このくそ寒いのに、夜中に俺みてぇな年寄り引きずり回すんじゃねぇよ、この人非人にんぴにんが。まあ、給料わりがいいから仕方なく来てやったけどよぉ」

村長「あ、これはどうも失礼さまで…」

易者「で、何だい。この俺に何が聞きてぇってんだい」

村長「いやそのぉ、ぜひ先生に『狐火』を見ていただいてですね、今年の吉凶を判断していただきたいと思いまして…」

易者「んなもん知るかよ。俺が実るんじゃねぇんだ。稲が実るんだから稲に聞けよ」

村長「はあ、まぁ確かにそうなんですが…。じゃあ先生、今年の『狐火』が八匹しかいないというのは、これ何を表しているんでしょうか」

易者「んなもん、狐だって寒いんだから遠出するのが億劫になることだってあらぁ。今年はたまたま億劫にならなかった奴が八匹しかいなかったってだけの話だ」

村長「はあ、なるほど。そういうもんなんですね。まあ末広がりの八とも言うし…。ああ、諸君。お前たちも先生に何か聞きたいことがあったら質問しなさい」

男1「先生。私、近くで百姓をやってる者なんですけど、去年は台風や大雨でひどく難儀したんですが、今年は自然災害の方はどうなりますでしょうか」

易者「だからよぉ、そんな起こりもしねぇ先のこと心配するよりもよぉ、今日ちゃんと朝晩メシ食って糞小便できるかってそっちの方を心配しろよ。そうだろ?   明日には死んぢまうかもしれねぇんだぜ?」

男1「はあ、たしかに…。どうもありがとうございました…」

易者「他には誰かいねぇか?」

男2「先生。最近、イノシシがうちの畑を荒らして困ってるんですけど、どうにかなりませんかねぇ」

易者「バカ。イノシシだって命がけなんだ。向こうだって『捕まったら殺される』って分かってるけど、生きる為に危険をおかして山を降りてくるんじゃねぇか。だからお前も命がけで生きろってんだ!   もし食うのに困ったら、そん時ゃそのイノシシ取っ捕まえて喰やぁいいじゃねぇか」

男2「そんな無茶なこと言われても…」

易者「他にはねぇか?」

男3「先生。最近腰が痛くて農作業が辛いんですけど、良くなりますでしょうか」

易者「やりすぎだよ!   夜は大人しく寝てろってんだ!   それをとこでもってあんにゃもんにゃやるからそうなるんじゃねぇか。少しは慎め!」

男3「はあ…。そんなことないんだけどなぁ…。だいたい俺、独り身だし…」

易者「他にはねぇか?」

女「先生あのぅ、あたし結婚して十年になるんですけど、なかなか子供を授からなくて…。そうしますと、うち農家ですからこのままでは後継ぎが…」

易者「後継ぎがいねぇんだったら、お前たち夫婦が頑張るしかねぇじゃねぇか。そうだろ?   もっと頑張りゃいいんだよ。励め励め、もっと励め。寝ないで頑張れ!」

女「いや、それじゃ答えになってないような気が…。子供を授かるか授からないかを占ってほしいのに…」

易者「はい、次は?」

男4「先生、最近体力がもたなくて…」

易者「まむしかスッポンでも食ってろ!」

   なんてんで、随分と口の悪い易者もあったもんで…そもそもこれじゃ易になってんだかなってないんだかも分かりゃしないんですが…。まあ、そんなわけでひと通り占いますってぇと、易の先生くるりときびすを返しまして帰っていきました。そこで村人がその後ろ姿をよぉく見てみるってぇと、なんと尻尾が生えてる。「なんだい、ありゃ狐じゃねぇか」「こりゃ狐に一杯化かされた」ってんで村長にあの易者の名前を聞いてみた。そしたら村長が「コン東光だ」って。まあ、分かる人には分かると思いますけれども…。さて、そんなこんなしてるうちに狐の一行、王子のお稲荷さんへとやってまいりまして…。

元締「よぉし、着いたぞ。ここが天下の王子稲荷神社だ。皆の者、神妙にいたせよ。さあ、ではこれから一匹ずつお参りをしてもらう。分かってるかとは思うが、お主らは郷土の狐たちの思いを一心に背負ってるんだからな。くれぐれも真剣にお祈りするように。よし、ではまず上州からだ」

上州「へい。(ドスのきいた声で)神様おひけなすって!」

元締「こら!   そんな言い方したら神様が驚いちゃうだろ。もっと普通に言えんか」

上州「あ、そうですか。すいません。……(やや普通に)神様おひけなすって」

元締「だからそのセリフが駄目だって言ってるんだ!   何回言やぁ分かるんだ!」

上州「すいません。自分、不器用ですから…」

元締「…もう、しょうがねぇなぁ。じゃあもうそれでいいから、もう少し優しく言うんだぞ」

上州「へい。…神様、今日はひとつ腹ぁ割って話しましょうや。手前、この度は一年越しの願いを聞き入れていただきたく、はるばる上州からやってまいりました。もちろんタダで聞いてくれとは申しません。(帯から小判を取り出し放り投げ)三両あります。これできちんと筋は通しましたぜ。こっちも筋を通した以上、神様も筋を通すのが仁義ってもんです。つきましては故郷上州の安泰と、可愛い子分たちの健勝を、本年も相変わりまして宜しくおたの申します。もしもこの男と男の約束を聞き入れていただけないようでしたら、その時は神様、きっちり落とし前つけてもらいますぜ」

元締「こらあぁぁぁっ!   神様を脅してどうするんじゃこのバチ当たりめ!   もういい、やめろやめろ!   誰がこんな奴の願い事を聞くか!   ったく、太てぇ野郎だ。もう下がれ下がれ。…じゃあ次、下野しもつけだ」

下野「へぇ。(ドスをきかせ)神様おひけなすって!」

元締「だからお前まで上州の真似するなっちゅうに!」

下野「(ギロリとにらむ)…」

元締「お、おい…な、なんだその目は…」

下野「元締。悪いけど黙っててもらえませんかねぇ。俺は神様とサシで話がしたいんだ。…神様、ここにぶち込まれてからもう何年になりますかねぇ。長いことお務めご苦労様です。そろそろ外の空気が吸いたいんじゃないですか。ここらでひとつ、世の為人の為になるようなことしてみたらどうですか。手前の生国しょうごく野州下野やしゅうしもつけ泰平たいへいを約束してくれるんなら、ひょっとしたら情状酌量なんてこともあるかもしれませんぜ。どうです?   ひとつ模範囚もはんしゅうになってみませんか?(両手を広げ)あ〜、シャバの空気はうめぇなぁ〜!」

元締「こら、神様を勝手に囚人にするな!   ここは牢屋じゃない!   おやしろなんだぞ!   まったくお前みたいな奴に好き勝手喋らせたらこっちにまでバチが当たるわ。本当にもう今年はとんでもない奴らばかりだな。冷や冷やしすぎて寿命が縮むわ…。もういい、お前は引っ込め!   次、常陸ひたち。(泣きそうな声で)頼むから普通にやってくれよ」

常陸「へぃ、任して下さい。(二拍手し)神様、旧年中はわが常陸国ひたちのくにをご鎮守いただき誠に有難うございました。おかげさまで良い納豆をたくさん生産することが出来ました。本年も引き続き納豆の豊作と受容を願うと共に、納豆の安心と安全、ひいては納豆の健康と長寿、さらには納豆の幸福と…」

元締「こらこら納豆のことばかり言ってどうする!   豆の幸福を願うより狐の幸福を願わんかい!」

常陸「あ、さよですか。じゃあ、狐の幸福を宜しくお願いします。…で、あのぅ今日はお土産にヒタチの照明を持ってきたんですが。(提灯を出し)この提灯、本来ならひと張り二百文するところなんですが、このうちの百文は私の賽銭代わりということで。神様から頂戴するのはひと張り百文×八つなので、八百文だけで結構ですんで…いや、やっぱり神様割引で五百文に負けときましょう。というわけで、お代はお賽銭箱から抜かせていただきますので…」

元締「こら!   木の枝で賽銭泥棒するな!   神様相手に商売してどうする!   もういい。お前も駄目だ。引っ込め引っ込め。…いやはや、どいつもこいつも酷すぎるな。こりゃ雷でも落ちなきゃいいがな。くわばらくわばら…。さあ、じゃあ気を取直して次は相模《さがみ》の番だ」

相模「はいさ。(二拍手し)神様、私の郷里相州そうしゅうが今年も一年平和でありますよう何卒ごひいきの程よろしくお願いします。本日、私は箱根から江戸まで走ってきましたが、もしも神様が願い事を聞いてくださるなら、帰りも箱根まで走って帰ることを誓います。おまけに来た時の記録も更新することを誓います。(片手を上げ)宣誓!   わたくしは、陸上競技者精神に則り、復路も必ずや日の出までに箱根まで走って帰ることを誓います!   安政六年一月一日、相州そうしゅう韋駄天いだてんコン助。…では皆さん、本日はお世話さまでした。またいつかお会いできますことを…では、これにて。ご免くださいまし(走り去る)」

元締「おーい、相模!   どこへ行く!   待てー!…あ〜、行っちゃったよ。あいつ本当に日の出までに箱根に着くつもりなのかね。ちょいと無茶しすぎなんじゃないのかい?   これがこの世で見るあいつの最後の姿にならなきゃいいが…南無阿弥陀仏。…さあ、では次は安房あわの番だ」

安房「はい。…神様、やっとお会いできましたね。あたくしは今日まで、来る日も来る日もあなたのことばかりを想ってまいりました。主人には申し訳ないですが、阿波から嫁いできたのも、本当はあなたに会う為だったのかもしれません。毎日毎日、胸がおいとうございました。何故でしょう。花のように幸せなはずなのに…。神様、あたくしの願いを叶えて下さるのなら、あたくしは…あたくしは…(胸をチラ見せ)この身をあなたに捧げます…」

元締「こらー!   神様を色で誘惑すなー! この不届き者!…(神に向かい)神様、女狐めぎつねは男を騙しますから気をつけて下さいね。…ったく、何しに来たんだお前は。もういい、下がれ!…はい次、上総かずさ

上総「あー、姉ちゃんばっかりずるーい。神様を独り占めしようとして。そうはいかないんだから。…神様、ウフフ。来ちゃった。もう逃がさないんだから。これからは、あたしがずっとそばにいてあげるね。あ、そうだ。お弁当持ってきたの。(弁当を出し)フフ、手作り弁当。見て、いなり寿司と〜、いなり寿司と〜、いなり寿司。いっぱい食べてね。神様にはあたしが必要なの。神様はもうあたしの物。(低い声で)誰にも渡さない…」

元締「怖いんだよ、お前は!   そんなんじゃ神様逃げちゃうぞ!   え?   逃がさない?   だからそれが病的なんだよ!   もういいよ、お前は!   はい次、下総しもうさ

下総「姉ちゃんたちばっかりずるーい。抜けがけしようとして。神様は絶対渡さないんだから。…か〜みっさま!   あ痛っ(手を付き)え〜ん、転んじゃったぁ〜。グスン…(投げ銭し)痛ったぁ〜い、お賽銭投げたら手首痛めちゃった〜。グスン…(二拍手し)痛ったぁ〜い、手のひら痛ったぁ〜い。神様ぁ、助けて。(上目遣いで)お願い…」

元締「やめんかコラァ!   姉二人とは正反対に甘えんぼを強調して、神様に『支えてあげたい』と思わせる作戦だな?   さすが末っ子おそるべしだな。しかし、わしの目の黒いうちはそんな小細工は許さんからな。そもそもお前ら三姉妹、全員亭主持ちじゃないか。何たる尻軽か。…あ、こらこら!   三人で神様をめぐって喧嘩をするな!   『きぃー、悔しいー!』じゃないよ!   『この泥棒猫ー!』じゃないよ!   あ、ほらほら、着物が破けてるじゃないか!   せっかく白装束に正装してきたのに!   あ〜あ、もう滅茶苦茶だな。駄目だこりゃ。もうこいつらは放っとこう。……さあ、最後はわしの番だな。(二拍手し)来年は神様が静かな正月を過ごせますように…」









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