怪談(12)●●●●一家輪廻転生

   僕たち一家は、寝泊まりしていた人間の住居でゴキブリ駆除用のくん煙剤によって皆殺しにされ、幽霊になってしまった。

「パパママ、悔しいよ。僕たちゴキブリが一体何をしたって言うのさ。同じ夏の虫でも、セミやカブトムシと比べてあまりにも扱いが酷すぎるじゃないか。そうだ!   今からホワイトハウスに行って『核のボタン』を押してしまおう。核兵器なんて、あんな危ない物は早く爆発させて地球から断捨離してしまえばいい。そうすれば人間も動物もみんな居なくなって、放射能に強いゴキブリだけが生き残る」

「こらこら。殺生はダメだ。そもそも我々は前世で悪いことをしたからゴキブリに生まれてきたんじゃないか。せっかく今回、ネズミにステップアップできるかもしれないチャンスだというのに、そんなことをしたら輪廻選考に影響するだろう」

   父がそう言って僕をたしなめる。

   天上界からの通知によれば、僕たち一家が次に生まれ変わる命はネズミ、シロアリ、ダニ、ゴキブリの中から抽選で決められるらしい。ちなみに前回選考の時は、「生前に悪いことをしたから」という理由で無理やり人気ワースト1のゴキブリにされてしまった。しかし、今回は人間によって一方的に殺されただけなので、少しだけ選択肢の幅が広がったようだ。

「じゃあ、せめて僕たちのことを供養させるよう人間にアピールしようよ。化けて出るとかさ」

「無駄じゃよ。ただでさえ見たくもないゴキブリのようなものを、殺した後までも見たいはずがなかろう。人間はとどのつまり、自分が見たい霊しか見ない。見えない。基本的に虫の霊は"無視"する。毎日アリを踏んづけてるからと言って、いちいちアリの霊が見えてたら生活できんじゃろ。残念ながらそういうものじゃ」

   祖父が妙に含蓄のある法話を披露すると、隣りで祖母がウンウンとうなずく。

   あの日、僕たち一家があの住居にいたのは、元はと言えば祖父母のためだった。普段は屋外のじめじめとした植木鉢やプランターの周辺で親戚一同(計100匹)で暮らしている僕たち一家だが、老い先短い祖父母に喜んでもらおうと両親が二泊三日の旅行を企画したのだ。そして、その最終日に例の「くん煙剤の悲劇」が起きたのだった。父がただただ平謝りする。

「親父、お袋、すまん!   俺たちが旅行に連れてったせいで、こんな死に方させてしまって……」

「いいのよ。どうせ私たちゴキブリは今日あって明日なき身ですもの。おかげで最後に玉ねぎやバナナの皮のようなご馳走にありつけて幸せな生涯だったよ。ねえ、おGさん」

   祖母が寛大に許すと、その横で祖父がウンウンとうなずく。

後日、天上界から"虫の知らせ"があった。無情にも僕たち一家は、来世もまたゴキブリになることが決まったらしい。

僕は激昂した。

「それ見たことか!   大人しくしていたって結局またゴキブリになるんじゃないか!   全く神も仏もあるものか!   やっぱり僕はホワイトハウスに核のボタンを押しに行く!」

「落ち着きなさい!   ゴキブリだっていいじゃないの!   もっとゴキブリ三億年の歴史に誇りを持つのよ!」

   母が引き止めるも、僕の怒りはおさまらない。いみじくも母の言ったとおり、ゴキブリは人間よりもはるかに大先輩なのだ。だからこそ、生意気な大後輩はこれを機にきっちりシメておかなければならない。

「冗談じゃないやい!   僕は今から絶対ホワイトハウスに潜入する!   これが本当のGメンだ!   止めてくれるな、おっかさん!」

   それから一年後のある夏の夜ーー。

   "その家"の者に殺虫スプレーを噴射された一匹の雌ゴキブリが、とっさに逃げ込んだ隙間の奥で、のたうち回りながら産み落とした卵カプセルの中に、僕の魂は新たに生まれ変わった。完


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