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サイバーパンク2

太陽も一日の業務を終えて地平線へ沈む頃、共に仕事を終えた俺とパドックは、海岸沿いの街中を一緒に歩いていた。
「ほら、見ろよエンダー」とパドックがニュースを見せてくる。彼の機械の左手から光が出て、それが空中にホログラム映像を流している。ニュースでは有名な人間のアイドルが、実は精巧に作られたロボットだったと報道されていた。
「やっぱり、エミリダもアンドロイドだったってさ」
俺ファンだったのになぁと、パドックが残念そうに手を頭の後ろに回して組んだ。彼の頭部は銀色の完全な球体なので、そのまま掴んで球技でもしそうだなと思ってしまう。
「まぁ、そんなもんだろ」
俺はそんなパドックを慰めるでもなく、そう返す。パドックの胸元の液晶にはショボンとした絵文字が写っていた。
ヴァーチャルシフトが実現可能となった2080年から約四半世紀。2107年のサンフランシスコでは、かつての人間は殆ど居なくなり、現実世界で生身の人間なんてのはレアな存在になりつつあった。生身の人間が居れば、こうしてテレビで取り上げられて有名人扱いされる程に。
ここ数十年で様々な仕事が無くなり、また新たな仕事が必要とされ、それに伴って様々な法改正が全世界的に執り行われていった。
時代はヴァーチャルだ。
金に余裕のある人々は生身の肉体を早々に捨て、電子空間へ自分の意識を移し、理想の自分の姿で、何でも手に入るヴァーチャル空間を満喫している。家族も、仕事も、友人も、恋人も、娯楽も、快楽も、新たな命だってヴァーチャルで無限に自由に手に入る。
時折飽きて、現実世界に帰る頃に生身の身体がもはや無くても、専用の機械ボディを操作して、久方ぶりの現実をひとしきり楽しみ、またヴァーチャルへと帰っていく。これがヴァーチャル側に移った人達の暮らしだ。
一方で金に余裕が無かったり、諸々の事情があって残っているリアル側の俺らは、新たな生命の誕生も少ない現実世界で、これまでの世界の維持に努めている。勿論、生身の肉体は早めに切り捨て、機械のボディへと意識を移して。社会の歯車どころか、世界を維持する為の歯車となって、俺らは日々努めている。
これだけ聞けば、ヴァーチャル側とリアル側に格差があるように聴こえるが、実際にはそうでもない。世界の維持といっても、災害や震災の時に建て直しやメンテナンスが必要になる程度で、日々の仕事は大した物じゃない。新たな生は育めなくとも、家族だって、仕事だって、友人だって、恋人だって、娯楽だって、快楽だってリアルにはまだある物だ。
「今時、生身の人間なんてこの辺じゃ居ないだろ」
ひょっとしたら、もう世界の何処にも居ないかもしれない。そんな事を思いながら俺は言った。
「まぁ…そうだよな。エミリダちゃんが生身だろうと、アンドロイドだろうと、俺はずっと好きだけどな!」
パドックはグッと親指を立てた絵文字を画面に浮かべた。
そのままくだらない話をしながら、赤く染まったサンフランシスコの街中を歩く。
「エンダー、今日は何食う?また中華料理とかどう?」
「チャイナタウンに行くのか?この間も行ったばっかりだろ」
たまには、この海岸沿いのピザ屋でも行きたいんだが、と俺が言うと
「新しく出来た所の揚げ焼売が美味しいらしんだよ」
パドックはそう言って陽気に笑った。
チャイナタウンの店はしょっちゅう変わる。新しい店が出来る度に、パドックと俺はよく足を運び、当たりだハズレだとよく言い合っている。
因みにパドックがハズレと言った店は、1年持たず潰れる事が多い。
しょうがねえなと俺は頭を掻いてから
「今回は当たりだと良いな」と笑って返すと
「うしっ!じゃあ決まりだな」とパドックもガッツポーズを見せた。
そうして海岸沿いの道から逸れて、街の中心へと歩くこと数分、俺達は目的のチャイナタウンへと到着した。
タウンといってもサンフランシスコの一角にすぎないが、商店街通りくらいの数ブロックには様々な中華料理店が敷き詰められている。数歩でも足を踏み入れれば、香ばしく食欲を誘う香りから、むせ返るような激臭までが漂う、アジアンテイストな香辛料で空気が満ちた一角だ。
すっかり日も落ち、チャイナタウン全体に吊るされた赤い提灯が点灯し始めていた。行き交う人々はそれなりで、俺ら同様に今日の業務を終えたのであろう、浮かれて楽しげな声が左右の店から漏れて聞こえて来る。
相変わらず此処はサンフランシスコだというのにどこか異質だ。平和的な雰囲気というか、どこもかしこも縁日のお祭り騒ぎのような、アジア特有の朗らかな空気に包まれている。
「ほら、あそこだよ」とパドックが言った。
彼が指差す先には、確かに見慣れない新たな看板が立っていた。
「虎刻龍…?」随分と物騒な名前だと思った。
「フゥークァロンっていうらしいんだ。まぁ入ってみようぜ」
チャイナタウンの大通りから逸れて狭い小道へと入り込んだ先。ポツンと他の店から離れた場所に、ひっそりとその店はあった。

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