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【ニンジャスレイヤー二次創作】タッチ・ザ・ドラゴン・ラース

【これは何?】
ニンジャスレイヤーの二次創作です。
新年後のフジキドとユカノの小話になります。


【タッチ・ザ・ドラゴン・ラース】

 それはまるで、凪の水面に落ちた一枚の紅葉のようであった。

 ドラゴン・ニンジャによる新年初動画配信の後、フジキドはユカノや門下生と共に正月行事を行い、断り切れずに夕餉を馳走になった。そして今、彼はドラゴン・ドージョーの離れで、チャを点てるユカノの姿を眺めている。

 紅白を見事にあしらった元旦のキモノは既に着替え、質素かつドージョーの主人らしいシックなユカタ姿である。そのバストは豊満であった。紺色の簡素な着流しを纏ったフジキドの視線は、ユカタの合わせ目から覗く雪原のように白い肌へ。次いで、その喉元へ灯る仄かな朱色に吸い寄せられる。

「……フジキド?」「ム……」「今日は、貴方がいてくれて助かりました。恩に着ます」「……いや、私は、成せることを成したまでだ。それに、オヌシの IRC-SNS における立ち回りも、中々……」「いえ、まだまだです。とてもブラド・ニンジャのようには……」

 夕餉のホット・サケも回り、少々気が軽くなった二人は、軽い姿勢でチャを楽しみながら言葉を交わした。新年の夜は更け、フスマの向こうにある白石の庭からは、微かなシシオドシの音が響いてくる。フジキドは、先の IRC-SNS 配信における視聴者コメントの数々を思い出していた。

 新年ということもあり、IRC-SNS 配信ニュービーに対する温かなコメントも多かった。だがもちろん、IRC において、皆がそのように優しいわけではない。誹謗中傷、卑猥なコメントも書き込まれることがあった。

 だがそれらは、数秒の遅延はあったものの、配信に気づいたナンシー・リンによって即座に削除されていった。フジキドの友であり IRC-SNS 配信のセンパイにあたるブラド・ニンジャとその側近による支援もあった。

 削除されていったコメントの中には、不可思議なものも多かった。フジキドの非凡なるニンジャ動体視力は、削除までのゼロコンマ数秒でその全てを網羅している。例えば、そう……逆鱗に触れてみたい、といったものだ。

「……」フジキドはチャを飲みつつ、シツレイにならない速度でユカノの喉元を見る。逆鱗。それは、伝説上のドラゴンにおける、唯一の弱点。但し、トドメをさせねばドラゴンは怒り狂い、辺り一帯を滅ぼすまで暴れ回るという……。

「フジキド」「ム」「気になりますか?」ユカノの問いに、フジキドは茶器へと視線を落とした。空だ。「本日の配信、よからぬコメントも多くありました。……逆鱗、でしたか」「ユカノ」「触れてみますか?」フジキドは目を見開き、ユカノを見る。美しきドラゴン・ニンジャは、薄く目を細め、たおやかな指先で自らの喉元を指し示した。

 そこは、顎の下、指三本ほどのあたり。微かに紅い、鱗のような形をした痕。ユカノは微笑む。「気になるのでしたら、お礼も兼ねて、一度だけ触れることを許しましょう。特別ですよ?」「いや、ユカノ。私は」「私は、なんですか。視線に気づかないとでも? 気になるのでしょう」「……ム」

 確かに気になっている。それは国際探偵としての好奇心か、あるいは。「……オヌシがそこまで言うのであれば」「ええ。ですが、一度だけですよ。秘密ですからね」「わかっている」ユカノの頬に朱がさす。やや気後れしつつも、フジキドは茶器を置き、ユカノへと近づいた。武骨な指先が、絹のように滑らかな肌へと、ゆっくり近づいていく。

 そしてフジキドの指が、ユカノの喉元へと触れた。「ン……」「……」指先から伝わる肌触りに、さしたる差はない。やや熱を帯びているくらいだ。もしかすると、逆鱗などではなく、そういう形をした痣かもしれぬ。フジキドはやや安堵して、指を離そうとした。「……ユカノ」「触れましたね」ユカノの言葉に、フジキドのニンジャ第六感は最大級の警鐘をかき鳴らした!

「イヤーッ!」ユカノが放った稲妻の如きチョップ突きを、フジキドは座ったままブリッジ回避! そのまま腹筋と腕の力のみでバックフリップし、タタミ三枚離れた位置へ着地すると、ジュー・ジツの構えをとった。「何をする、ユカノ!」「それはこちらのセリフです、フジキド」ユカノは静かに答える。「触れましたね。私の逆鱗に」

「それは、オヌシが」「問答無用です。私は怒っているのですよ。怒れるドラゴンに話が通用するとお思いですか?」ユカノはそう言うと、フジキドと同じジュー・ジツの構えをとった。そして……軽く微笑む。フジキドはその笑みを見て眉をあげ、ゆるやかに首を振ると、ジュー・ジツを構え直した。「カラテあるのみ、か」「そうです」

 ピアノ線を巻き取るように、離れの空気が張り詰めていく。「スゥーッ……ハァーッ……」「スゥーッ……ハァーッ……」二人はほぼ同時に神秘的なチャドー呼吸を始めた。ユカノのユカタは滲み、ドラゴンの刺繍と赤金で縁取られたニンジャ装束へ変わる。フジキドは素早く着流しを脱ぎ捨てた。その下には、墨汁めいた漆黒のニンジャ装束! 「ドーモ、ドラゴン・ニンジャです」「ドーモ、サツバツナイトです」空気が軋み、弾ける!

「イヤーッ!」ユカノ、否、ドラゴン・ニンジャの姿が消える。サツバツナイトの溶けた鉄のような眼光は、その姿を追っていた。跳躍の軌道を。「キエーッ!」「ヌゥーッ!」ゼロコンマ1秒。サツバツナイトは振り向きざまに左腕で後ろ蹴りを捌く。ドラゴン・ニンジャは跳躍と同時に天井を蹴り、サツバツナイトの背後へ着地していたのだ!

 ドラゴン・ニンジャは止まることなく、回転の中からボトルネック・カット・チョップを繰り出してくる! 「イヤーッ!」サツバツナイトは首を傾けてチョップを躱し、決断的に踏み込んだ! 「イヤーッ!」「ンアーッ!」ポン・パンチ!

 ドラゴン・ニンジャはガード姿勢のままタタミ二枚の距離をノックバックし、笑ったようだった。サツバツナイトはザンシンし、余剰カラテを熱として排出する。その輪郭は、ふいごで空気を送られた溶鉱炉めいて、テリガキ色に明滅した。「スゥーッ……」「ハァーッ……」両者の眼光が、再び交錯した。「「イヤーッ!」」踏み込みは、同時!

 サツバツナイトは螺旋を描くチョップ突きを弾くと、コンパクトな掌打を差し込む。打撃は逸らされ、巻き取られるかのように体勢がブレる。ドラゴン・ニンジャはガードの反動すらも利用して、竜の尾めいて両脚を振り回したのだ! 「イヤーッ!」サツバツナイトはそれに合わせ、側転めいて身体を捻りつつ蹴り返す! メイアルーア・ジ・コンパッソ! 「イヤーッ!」「イヤッ! イヤーッ!」衝突した蹴り足が衝撃を生み、ショウジ戸をガタガタと揺らした!

 回転蹴りの衝突により、二人は再度跳び離れた。だが、サツバツナイトに呼吸を整えている暇はなかった。着地から跳ね返るように横へ跳んだドラゴン・ニンジャが、壁を蹴り、身体をコマめいて高速回転させながら迫ってくる。「キエーッ!」おお、これは! チャドー暗殺拳奥義、タツマキケン! サツバツナイトの眼光が燃える! 「イイイヤアアーッ!!」呼応するかのように高速回転! 二つのタツマキケンが、衝突する!

「グワーッ!」ショウジ戸が内側から燃え弾け、赤橙の爆炎から庭へ影が転がり落ちる。サツバツナイトだ。彼は庭に敷き詰められた白石とそれを囲むオーガニック・バンブーの香りを感じながら、眼光鋭く離れを睨んだ。そこからは今まさに、ドラゴン・ニンジャが飛び出てくるところであった。「キエーッ!」赤金のドラゴンはエンガワの柱を蹴り、急角度で襲いかかる! 空中高速前回転から繰り出されるカカト落とし。即ち、ドラゴン・ヒノクルマ・アシ!

 サツバツナイトは、おお、見よ! 背を逸らせ、両手両足でしっかりと地を噛み、全身を使ってアーチを描いたではないか! これは……ブリッジである! 「「イヤーッ!」」カカト落としがサツバツナイトの腹筋へと直撃する! 凄まじい衝撃と共に白石が跳ね上がり、サツバツナイトの両眼が橙に輝いた! 「イヤーッ!」「ンアーッ!?」神話的強度を見せつけた腹筋によるアイソメトリック力で、ドラゴン・ニンジャを跳ね上げる!

 そしてサツバツナイトは素早くブリッジから復帰すると、その勢いすらも利用して、跳んだ! 空中で姿勢制御を行うドラゴンの元へ! 「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」赤金と黒橙がもつれ合い、乱気流が白石を巻き込んで危険な暴風域を作り出す。……そして。「イヤーッ!」「グワーッ!」空中戦を制したのは、ドラゴン・ニンジャ! サツバツナイトは庭へと叩きつけられる寸前にウケミを取って立ち上がった。……片手の手のひらを、ドラゴン・ニンジャへ向けながら。

「マッタ」「……!」ドラゴン・ニンジャは着地からの追撃姿勢で、彫刻のようにピタリと止まった。サツバツナイトは……否、フジキドはメンポの隙間から短く息を吐く。「気は晴れたか、ユカノ」「……フフ」ユカノは……ドラゴン・ニンジャは、ぐぐ、と身を沈めながら微笑する。「まだまだです、サツバツナイト=サン!」そして、地を這う蛇のように素早く白石の上を駆け、サツバツナイトへ肉薄してくる! サツバツナイトは……。「スゥーッ……ハァーッ……」

 ニンジャ装束の輪郭が橙に燻り、マフラー布の先がセンコ花火めいてバチバチと爆ぜた。ニンジャアドレナリンにより引き伸ばされた時間の中で、サツバツナイトは左腕を捻り、肘を前に出した。対するドラゴン・ニンジャは目を見開き、構えかけていたカタを強引に取りやめ、両脚と片手でブレーキをかけながら胸を膨らませる。「……フッ!」そしてドラゴンの口から放たれし吐息が、サツバツナイトを直撃した! KRA-TOON!! 凄まじい爆炎がサツバツナイトの視界を塞いだ!

 サツバツナイトの装束が赤く焼ける。しかし彼は目を閉じない。気配を、ソウルの痕跡を辿り、ドラゴン・ニンジャのカラテに対応するために。爆炎の向こう、朧な影の中、その姿が動いた。サツバツナイトの右側、カウンターを警戒した回り込みである。パリパリと、サツバツナイトの装束から炭化した繊維が剥がれ落ちていく。その姿は、ほんの一瞬、赤黒に染まっている!

「キエーッ!」爆炎を突き抜け来るは、ドラゴンの顎。否、両手首を合わせた構えから放たれる、全体重を乗せた強烈な掌底だ。ダブル・ドラゴン・アゴ! だがサツバツナイトのセンコめいた瞳は、その軌道を完璧に捉えていた! 「イヤーッ!」「ンアーッ!?」サツバツナイトは即座に構えを解き、巻き取るように打撃をいなして地面へと叩きつけた!

 ドラゴン・ニンジャは目を見開いている。「……これは!」サツバツナイトは握りしめた赤金の腕を離していなかった。万力のような力で握りしめたまま、逆方向へ叩きつける! 「イヤーッ!」「ンアーッ!」白石が跳ね上がり、ドラゴン・ニンジャは受け身で衝撃を散らした。だがサツバツナイトは腕を離さない! 「これは!」「イヤーッ!」「ンアーッ!」

 ドラゴン・ニンジャは笑っていた。サツバツナイトにはそれがわかった。何故ならば、このジュー・ジツにおける基本的なアーツは、遠い昔の……。「キエーッ!」腕を振り上げた際、サツバツナイトの手から赤金の装束がすり抜けた。ドラゴン・ニンジャは空中で勢いよく身を捻り、拘束を強引に捻じ取ったのだ。彼女はその反動すら利用して庭端のオーガニック・バンブーまで跳び、その側面へと着地した。

 赤金と黒橙、二つの視線が交錯する。「「……スゥーッ! ハァーッ!」」バンブーがしなり、ドラゴン・ニンジャはチャドーと共にカラテを練り上げている。それはまるで、撃ち放たれる寸前の弓のようであった。対するサツバツナイトもチャドーと共に装束の輪郭を明滅させ、……極端な前傾姿勢をとった。そして! 「スゥーッ!」「ハァーッ!」カラテが、解き放たれる!

「イイイヤアアアーーーッ!!」バンブーのしなりとチャドー、そしてカラテによる相乗効果が、ドラゴン・ニンジャを砲弾めいて射出した。赤金のリアル・ニンジャは自らのドージョーにおける暗黒カラテ技を構える。空中から矢のように放たれる、ドラゴンの蹴り。即ち、ドラゴン・トビゲリ!

 サツバツナイトは白石へとメンポを擦りながら前傾姿勢のまま駆け、全身を橙のカゲロウに包みながら、溶岩弾めいて跳ね上がった。奇しくも、そのカタは迫り来る暗黒カラテ技と同じ構えとなっていた。即ち、ドラゴン・トビゲリである! 「イイイヤアアアーーーッ!!」

 天から迫る赤金のドラゴンと、地から飛び立つ黒橙のドラゴン。二つのドラゴン・トビゲリが、今、まさに、正面から、ぶつかり合った! おお、……ドラゴン! ゴウランガ! 白石が砂へと砕け、バンブーの表面が焼かれ、球状のカラテ衝撃波が庭を薙ぎ払っていく……! ……!

 ……その、数時間後。

 ドラゴン・ドージョーの門下生であるタイセン・シトシは、異様な胸騒ぎを抑えながら、ドラゴン・ドージョーの離れへと向かっていた。前日、師匠であるドラゴン・ニンジャその人から「立ち入り禁止」を言い渡され、親交の深いリアルニンジャであるフジキド・ケンジまでもが連れられた離れ。そして、カラテシャウトや爆発音。間違いなく何かが起こったのだ。恐ろしい何かが。

「俺だって、何か力になれるかもしれないからな……」タイセンは震える膝を殴りつけ、離れの門から足を踏み入れた。朝日に照らし出されたそこは……前日とは似ても似つかぬ、白い砂浜と化していた。「なんだこれは!」離れのショウジ戸は吹き飛び、縁側は焼けこげ、オーガニック・バンブーの一部までもが薙ぎ倒されている。

 そして、タイセンは見た。白い砂浜と化した庭の中央に、二つの人影が折り重なるように倒れていることを。「セ、センセイッ! フジキド=サン! 一体何が……」タイセンの言葉は、尻すぼみに消えていく。その理由は、横向きに倒れ伏しているユカノ・センセイの表情にあった。

 上気した頬、満足げな微笑み。その衣服はイクサへ臨む際のニンジャ装束となってはいるが、ところどころがほつれ、破れて、扇状的な雰囲気を醸し出している。「……フジキド=サン」タイセンはユカノにのしかかられるようにして仰向けに倒れているフジキドを見る。装束は、同じようにはだけている。「……ム」その瞼が、ピクリと動いた。

「……タイセン?」「アッ、その、オハヨゴザイマス。フジキド=サン。その、アッ、お、俺、朝餉の準備してきますね! お、オチャも持ってきますんで! ゆっくりしててください!」「……ム?」フジキドは怪訝な表情でタイセンを見て、身体の違和感、庭の惨状、そしてかたわらの体温に気づくと、片手をあげた。

「待て、タイセン」「いえその、お気になさらず、ゆっくりしててください! ……それにしても、ニンジャのその……すげぇんですね……」「……フフ……フジキド……さすがです……」胡乱な寝言に、タイセンとフジキドはもう一度だけ視線を合わせた。そして、フジキドはもう一度、マッタの姿勢で片手を向ける。「整理しよう」

【タッチ・ザ・ドラゴン・ラース 終わり】

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