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命を救うための支援と受援を高めるーー国難災害ワークショップ 災害医療編

土木学会では「社会と土木の100年ビジョン」を踏まえて、50年先、25年先の目標を設定し、2020年に策定した5カ年計画に基づいてプロジェクトを推進しています。国難災害プロジェクトでは、国難災害の全体像を描くことを通じて、今後取り組まねばならない課題を抽出しています。2023年1月17日、四ッ谷の会議室で開催されたのは「災害医療」をテーマにしたワークショップでした。

今回参加したのは、総勢25名。土木系の研究者に加え、災害派遣医療チーム(DMAT)の医師、救急災害医学の研究者、看護の研究者、災害時の個人情報の活用を専門とする弁護士、防災とトイレ、防災とデザインに関するNPO法人に所属する方々が参加しました。

本記事では、参加者としての筆者の体験をもとにワークショップの様子を紹介します。

防災・減災を推進するネットワークと知恵を育てる

ワークショップの冒頭、主催者であり、都市震災軽減工学を専門とする東京大学の目黒公郎教授は、参加者の専門性が多様であることについて思いを語りました。

目黒教授「これまで一般的に、研究者は専門分野を深く掘り下げて研究をしてきました。ですが、そのような研究スタイルに限界を感じています。国難災害を解明するにあたり、多様な専門性を交えるためにワークショップを開催しています」

多様な視点を集める動きの例として、ほかには防災学術連携体が挙げられました。防災学術連携体とは、東日本大震災が起きたのち、防災・減災をテーマに30の学会が集まったシンポジウムを母体に生まれた組織です。現在は58の学会が活動し、災害に関する研究や情報交換、政策提言をしています。なお、災害発生時には、連携して迅速な対応をすることも期待されています。

目黒教授の話を聞くまで、学会はいくらか閉鎖的な組織だと思っていました。ワークショップの参加者の多様性に驚いていましたが、所属の垣根を越えて一つの方向を目指していくプロジェクトのありかたは、学会に対するイメージを新たにしてくれます。

短時間で発散と収束したグループワーク

グループワークは、「災害医療」の課題を発見して未然に防ぐための手立てを打つために、「最悪の事態」を発散し、対策を「提言」にまとめるという流れで進みました。首都直下地震と南海トラフ地震の議題が割り振られ、3つのグループに分かれてスタートしました。筆者はグループCで、南海トラフ地震を議題にすることになりました。

最初に取りかかったのは「最悪の事態」の発散。人の死がこれに該当することには、グループの全員がすぐに同意しました。さらに、発生しうる人の死にもパターンがいくつかあるとして、それらを書いたポストイットを模造紙に時系列で配置していきました。

順調だったのはここまで。その後すぐに、グループの議論は混沌としました。人の死と同列に扱うことはできずとも、由々しき事態は様々あるとする意見。グループワークの問いに設定された「事態」「事象」という言葉の意味を問う声。合意形成できたかのように思われた論点に再び投げかけられる疑問。コミュニケーションで交わされる専門用語の数々ーー。

こうした中、グループを仕切って議論を進めたのは、慶應義塾大学で看護情報学を専門とする宮川祥子准教授でした。論点も優先順位も散漫となりかけていた議論に対し、最悪の事態、事象、課題、対策を切り分けるよう提案。切り分けた後は、論理的な不足を補うように問いかけながら大きな文脈を確認しつつ、提言にまとめていきました。

議論の混乱も収束も、多様な専門性が集まったからこその出来事だったと思います。グループCには、個人情報の活用と保護の観点、そして医療現場の環境整備の観点がありました。全員の協力でまとめあげた提言ではあったものの、その一役を担った宮川准教授の専門である看護情報学の視点とその役割の重要性を感じる場面でもありました。

産官学の備えを見える化し、社会的に評価していく

グループでの議論を終えたのち、災害時の課題と提言を発表しました。

グループAの発表

グループAでは、災害医療を取り巻く以下のことを問題視していました。

・防災・減災ビジネスが活性化しない
・防災のための地域コミュニティづくりに予算がつかない
・防災医学の教育が充実していない
・医療を支えるシステムが効率的でない

これらは、災害医療の備えが産官学のいずれにおいても推進する余地があるという指摘です。グループAが提言の柱に据えたのは、産官学に共通する評価でした。防災の推進を評価することで、人命救助の体制を社会全体で確立していけるのではないかという強い願いを感じました。

グループAの発表に対し、防災ビジネスに予算がつかないのはなぜかという質問が寄せられ、その問答を通じて興味深いキーワードが出ました。

それは「フェーズフリー」という言葉です。災害時と平時という2つのフェーズを問わず、いつでも使えること、ものをフェーズフリーと形容します。フェーズフリーな商品、つまり防災用品にもなる日用品が増えることが望ましいと聞き、プロダクトデザインのスタンダードになりうる可能性を感じました。

自助と共助を最大化して災害に備える

グループBでは、自助、共助という言葉が何度も使われました。ここで補足すると、災害に備えるには「自助」「共助」「公助」の3つが大切と言われます。

自助とは、自分自身または家族の安全を守ること。共助とは、地域やコミュニティといった周囲の人たちと協力して助け合うこと。公助とは、県や市町村、消防、警察、自衛隊といった公的機関による救助・援助のことです。

グループBの発表

グループBが提案の中心に置いたのは、自助と共助の拡充でした。

地域に消防団があるように、地域に救急救命のコミュニティチームをつくってはどうかという話から始まりました。というのも、アメリカには住民を主体とした防災コミュニティ、Community Emergency Responce Team(以下、CERT)という組織があります。ボランティアで参加する住民が、消防、軽救助、災害医療のトレーニングを受けて、日頃から災害に備えています。

巨大災害に限らず、人命救助が求められる緊急事態は平時も発生しうることです。フェーズフリーの観点にも合致し、国民全員が救急救命士になる理想を掲げてもいいのではないかという興味深い提案でした。

グループBは、ほかにも以下のような内容を提言にまとめました。

・医療従事者のチーム組成を支援する情報連携の仕組み
・患者の情報を医療チームに連携する仕組み
・公衆衛生を維持改善するための分散型の浄水器、お風呂、トイレ
・自給自足でエネルギーを供給できるまちづくり

保健、医療、福祉の支援と受援のケイパビリティを高める

筆者が議論に参加したグループCでは、「保健・医療・福祉のBCPの強化」という提言をまとめました。

事業継続計画(BCP:Business Continuity Plan)
災害時に特定された重要業務が中断しないこと、また万一事業活動が中断した場合に目標復旧時間内に重要な機能を再開させ、業務中断に伴う顧客取引の競合他社への流出、マーケットシェアの低下、企業評価の低下などから企業を守るための経営戦略。

内閣府防災情報のページ
グループCの発表

先述の議論で、グループCにおける「最悪の事態」は、防ぎ得る死を防げないことだと定義しました。

防ぎ得る死とは、入院治療中の患者、在宅で医療を受けている患者が死亡すること、また、災害関連死が数万人規模に及ぶことです。災害関連死には、避難所の環境悪化によって健康を害して亡くなってしまう場合があります。また、仮設住宅に入居したのちも心理的苦痛から追い詰められてしまう場合もあります。

その上で、防ぎ得る死が起きる原因を大きく二つ、「地域医療のリソース不足」「外部支援の不足」と整理しました。

「地域医療のリソース不足」は、病院の機能不全、つまり救急搬送のケイパビリティや医薬品、医療人材そのものが枯渇してしまう状態を指します。「外部支援の不足」は、被災地の外からの支援が被災地にうまく入れない状況を想定しています。

これらを踏まえ、保健・医療・福祉のプレイヤーが自律的に動き、連携するためのBCPを強くすることが必要だとまとめました。具体的には、厚生労働省管轄のDMAT、GMAT、JMAT(日本医師会災害医療チーム)、民間事業者、各病院の支援の力を高めることが重要で、自治体は支援を受け入れる力、受援力を高めることが欠かせないことも併せて強く訴えました。

リスクとともに生きる時代の始まり

各グループの発表を聞いて、広く社会に知られてもいいのではないかと思ったキーワードがフェーズフリーのほかにもありました。

それは、BLCPです。BLCPとは、先述したBCP(事業継続計画)に、その組織で働く人たちの生活(Living)の継続を組み込んだ計画のことを言います。近年、企業組織の責任範囲は広がりつつあります。これまでの当たり前を塗り替える転換点にいることを教えてくれる言葉を、宮川准教授は発表の最後に残していました。

宮川准教授「リスクがないと思っていられる時代は終わりました。WITH COVIDと言われますが、私たちはWITH RISKの時代を生きていると考えるべきです」

リスクを適切に評価し、レジリエンスを高めていくためには、リスクから目を背けないことが出発点です。「リスクとともに生きている」という事実を受け入れましょうというメッセージが添えられ、全グループの発表とワークショップが閉会しました。

本ワークショップは、これまで筆者が抱いてきたアカデミックのイメージを大きく変えるものでした。学術の世界は、実社会に開かれています。人の命に向き合い、議論を重ねる人たちが国難災害プロジェクトに集まっています。


土木学会では、今後も国難災害の全体像を描くワークショップを開催していきます。本アカウントで、活動のアーカイブと最新の成果を発信していきますので、ぜひフォローください。



執筆 今村桃子
編集 小山和之(インクワイア)

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