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【いちえふ 福島第一原子力発電所労働記】「真実」ではなく「現実」を描く貴重な作品

資料的な意味でも貴重

福島第一原発の事故処理を行う労働者としてのレポ漫画。
ネットやタブロイドでよく見かける「福一の真実!」ではなく「いちえふの現実」だ。
原発モノはどうしてもどちらかに偏りがちなモノなのだが、本作はただただ目の前の現実、現場の「いま」を描いている。
推進とか反対とかのプロパガンダ臭が無く、「現場から目をそらさない」ことを訴え続ける作品は、今のところ本作だけだ。
ただ淡々と事実を描く作品だけに、どちらかに寄った考えを持った人には受け入れがたい作品かもしれない。
かといって、この問題にあまり関心を持たない人にとっては重すぎる内容でもある。
だから「みんなだいすき?」はCかな。
もっとこの問題への関心が社会的に薄れた頃、改めて評価される作品になるかもしれない。30年後か、50年後か。

近くて遠い「一番下」

天才物理学者、R.P.ファインマンの回顧録「ご冗談でしょう、ファインマンさん」の中に、マンハッタン計画(大戦中の原爆開発現場)について事細かに描いた「下から見たロスアラモス」という章がある。

本作は全編を通して「一番下から見た福島第一原発」だ。
最底辺も最底辺、なんたって主人公の竜田氏(漫画家本人)が最初に入るのは7次下請けの日雇い派遣会社だもの。
まず原発がどうのこうのと言うより、日本の闇そのもののような多重下請け構造とそれを仲介する業者の底辺感にちょっと引く。
竜田氏は下請け構造についてどうこう言う姿勢は出さないし、

あの社長さんたちもいい人だった

と、目の前の現実そのものは肯定的に捉えている。が、読んでいる側としては「何とかならねーのかよこれ」という思いが拭いきれない。

また、第3巻には、1巻発売後のエピソードとして
「上」が東京電力からの目付けを警戒しているという脅しめいた電話が編集部に届いた話も暴露する。
(多重下請けの真ん中あたりがムダにビビって圧力かけてくるなんてSCMにがんじがらめの中小企業ではよくあることです)
そしてこの、身バレ上等の描写が増えた3巻が最終巻になる。
つまりはそういうことなんでしょうかね?

原発関連問題にニュートラルな気持ちで接することの難しさも

守るもののない子供のように、「今ここにしかない、今まさに大きく変わりつつある、より危険な場所」に惹きつけられる竜田氏。
明確な目的を共有し、自分なりのフルパワーをもって達成に貢献する経験というのは、大人になるとなかなかできるものではない。部活的な意味で羨ましくもある。
現場礼賛に過ぎてちょっと共産主義的な感じだ。この人高校野球とか好きそう。

人間の力でコントロールされる範囲が広がりつつあることを実感する現実面での変化は心強いが、その上で

これ以上悪いことは起きない

と断言する言葉に、現実の延長に未来を置くことの危うさも感じさせるあたり、この問題の難しさを(意図せずして)示唆している。気がする。

原発問題の解決は現場だけの問題ではない。でも、事実の一部分は間違いなくここに描かれている。
リアルタイムで読めて良かったと思える作品でした。


投稿日 2015.12.03
ブックレビューサイトシミルボン(2023年10月に閉鎖)に投稿したレビューの転載です


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