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【MASTERキートン】おじさんにモテるおじさん

いい歳してフラフラしてるハイスペック中年って良いよね

いいよね。かっこいいよねえ…
初恋の人はスナフキン、その後おじさんの魅力に目覚め、そして枯れ専に至った私ですこんにちは。
ミッドライフクライシスを乗り越える歴史作品としてすぐに思い浮かんだのが、「いい年してフラフラしてるハイスペックな中年男性が大活躍する歴史モノ」、MASTERキートンでした。

表紙のモッサリした顔の中年男が主人公、平賀・キートン・太一です。

30代後半の彼は、現在失業中。
考古学の非常勤講師(バイト代27600円…)をしながら就職先を探して奔走するものの、なかなか職の口がなく、せっかく面接にこぎつけても運が悪かったり事件に巻き込まれたりお人好しが仇になったりして仕事になりません。

仕方なく、保険の調査員のバイトなんかをこなしているのですが、
何故かバイト中に砂漠に放置されたり、
東西ドイツの陰謀に巻き込まれたり、
イギリス貴族の人質救出作戦に駆りだされたりします。
しかし、軍隊経験と考古学知識をフル活用して事件を解決します。
でも基本的にモッサリ系で要領も悪いので、自分の一番やりたいことに行き着くことが、いつまで経ってもできません。

ちなみに軍隊経験は、
オックスフォード大学で考古学を学んでいる途中にできちゃった結婚した奥さんに離婚され、カッとなって自分を鍛えるためにイギリス陸軍に入隊したのがきっかけです。
イギリス特殊部隊(SAS)の軍曹を経てサバイバル教官を勤めました。

こんなにうかばれないハイスペック中年を私は他に知りません。

浦沢直樹の最高傑作

「YAWARA!」「MONSTER」「20世紀少年」など名作を量産する漫画家として知られる浦沢直樹ですが、本作「MASTERキートン」を最高傑作と言える人と私は結婚したいです(してるけど)

長い、進まない、終わらない

で有名になりつつある最近の浦沢作品と違って基本的に1話完結で、話のバリエーションは
・歴史ミステリー
・ミリタリー
・考古学
・人間ドラマ
・ホラー
・サスペンス

など多岐に渡ります。
改めて読むと
これを1話で完結させてしまうのか!
と思うような濃い話も多く、非常に贅沢。考古学や歴史の闇に、ちょっとだけ詳しく(なれたような気に)なれるのもポイント高い。
濃度が高いので、一気読みは勿体無い。じっくり楽しむ作品です。

「いい年してフラフラしてる人」に乱れる心

さて、

ITバブルのエモンな人とか、
ビッグなお父さんとか、
東京で消耗するのをやめた人とか、
秒速一億円の「お前その顔で名前『翼』かよ」の人とか。

「何なのアイツ」と思われながら、一定数のファンやアンチを集める人がいます。上記の人たちはとくにハイスペックというわけではないと思いますが、「特にハイスペックでもないフラフラしている有名人」をメディアが取り上げるのは、ただただああいう人たちが「人の心を乱すから」だと思っています。
メインの武器は炎上芸ですが、それでも名前が売れるということは、つまり世間にそういう需要があるのだということでしょう。
(ちなみにITのエモンさんは一見ハイスペックでありながら「頭のいい人の中では頭が悪いほうに含まれるんだろうなあ」という感じがけっこう好きです)

超ハイスペックなのに生き方が不器用で社会的には芽が出ない男をかっこいい!!!と思う心と、なんか色々おかしいのに名前が売れて偉そうにしている男を何なんだアイツは!!と思う心は、表裏一体のものだと思います。
そのへんをこじらせると、中年以降の迷走を呼ぶのかもしれません。

本作では、ジャンレノ激似の私立探偵チャーリー・チャップマンが、キートンに対して似たようなライバル心をちらつかせる描写がありますね。
でも基本的にはめっちゃいい人なので、幼い頃からの親友関係が壊れることはありません。(優しい世界です)。
チャーリーのちょっとした棘に気付かないキートンの描写はずるい。チャーリーのピエロ感すごい。

ミッドライフクライシス?

またの名を「中年の危機」。
順風満帆に生きてきた人が壮年期にさしかかって、ふと

「俺はこれでいいのか?」
「このまま歳をとっていくのか?」
「もっと他の生き方があるんじゃないか?」

といてもたってもいられなくなってしまう現象のことだそうです。
思い立って身体を鍛えてみたり、転職や起業を考えてみたり、若い異性にモテようと頑張ってみたりするのだとか。

ああ、なんかいたよねー。20代の居場所に現れる夢見がちなおじさん。女子なら20代前半くらいで、妙におじさんがチヤホヤしてくれる時期があったよねー正直めんどくさかったよねーーー。
俺はこんなに「持ってる」のにまだ若いぜ!を必死に追い求める姿は哀れですらありました。

贅沢病?…ではないと思う

「このままでいいのか?」などという悩みは、転職も起業もなし崩しでやってきた底辺の私には理解ができない感覚です。
底辺生物にとっては日常が危機です。私、成人してから15年間だいたいずっと破滅の危機と背中合わせです。だから順調なルートとやらをたどってきた人のためらいというのは本当に解らない。
ただ、この「中年の危機」というのは、いわゆる贅沢病ではないんだろうな、とは思います。贅沢病に見えるのは、そういう悩みを振り切るための手段として、従来の自分が得てきた権力や人脈をことさらに誇示して見せる人がいるからでしょう。

残念ながら配偶者も周囲の友人も底辺付近のジョブホッパーばかりで、ヒアリングしても中年の危機問題についてピンとくる人がいませんでした。
ただ、どうやら順風満帆に生きてきた人ならではの劣等感みたいなものが存在するようだ、ということだけは見えました。
ひとつ思い当たるとすれば、「若いうちからキッチリ生きてきた人が己に課してきた戒めを犯してなお、割と元気に生きているフラフラしてきた他人への怒り」のようなものでしょうか。

「現在の我慢が未来のリターンを約束する」という考え方

老若男女を問わず、この考えを根本的に持っている人が腹の底に抱える「怒りのマグマ」みたいなものは、結構怖いです。

仕事とは我慢である
我慢すれば報われる
いま我慢すれば(次の世代に我慢を押し付けて)未来はラクができる。

と信じている人にとっては、のびのびと好きに生きている(ように見える)人は「いつか転落するべき社会不適合者」です。いつか報われるためには、自分同様にストレスを溜めながら我慢を重ねていなければならないのです。

一緒に愚痴を言い合っていた同僚が先に転職すると分かった途端、相手の失敗を五寸釘打つ勢いで祈り始める人がいます。
自分よりも可能性を残す若い子が離職を考えているときに、「ウチでダメならどこでもダメだ」という極端にローカライズされた価値観で可能性を潰しにかかる人がいます。
そういう人は、自分のしている我慢は尊いもので、そこから外れるのは唾棄すべき愚行なのだと思っているのでしょう。

それが、
「俺はこんなに我慢してきたのに、アイツはそれをやめた。そのくせ転落していないなんて許せない」
という怒りに繋がるのではないかと思います。

底辺生物である私は、この手の怒りに晒されることが比較的多いです。
きっとこの人は私が楽しそうにしているのが許せないのだろうなあ、というのは、案外肌で感じるものです。
ああ、この人は私の転落を願っているのだろうなあ、と思うことも、ままあります。
安心しろ、私ははじめから転落している。貴様と同様にな!!
と閣下みたいな口調で言いたくなることも、まあ、あります。
あなたのしている我慢に、私は価値を見出だせないだけですよ。という言葉が一番率直なのですが。
まあ、それ言ってもしょうがないしね。

続編も出た

一昨年まで、本作の20年後を描いた続編がビッグコミックに不定期掲載されていました。

掲載月は売上部数が明らかに変わったということからも、本作の人気が伺い知れます。
しかし、残念ながら、30代後半のキートン太一の魅力には及ばなかったかな。畳み掛けるような勢いのある展開やアクション要素は薄め。まあ50代だしアクションしたら普通に死んじゃう年齢なので仕方ないのですが。
ちょっと皮肉っぽい笑い顔が増えて、一回り痩せたような感じが、寄る年波を感じさせて切ない。

現在30代真っ盛りな私にとって、「あのキートンさんがどんなふうに老境を迎えつつあるのか」というのは、実は結構興味深いものでした。
相変わらずフラフラしていた、というのが正直な印象です。フラフラしながら、人との繋がりを保ち、

うーん。こんなはずじゃなかったんだけどなー。まあ、仕方ないか。

と首を傾げながら、それなりにケセラセラしているキートンさんに苦笑しつつ、やっぱりかっこいいなあ、と思える、ひだまり系の続編になっていました(主観です。話の本筋は重いものが多い)

若いとか老けてるとか…さあ。

若さは可能性であり、それ以上でもそれ以下でもありません。
一方で、老いは責任を伴います。「今時の若者」の姿は、間違いなく私たち前の世代が作り出したもの。私達前世代の人間がつくった環境でこのようになった若い世代に、今更偉そうに与えられるものなんて何もありません。

中年期に差し掛かって、急に若ぶってみたくなったり、若い人に関わりたくなってる人にお伝えしたいことはただひとつです。

ほら、これ読むといいよ、ハイスペックおじさんがフラフラしてて面白いよ!

迷走いいじゃない、危機とかいわずにいつでもやっちまえばいいんだよ!
何もかも壊れても立て直すくらいの力、もう持ってるでしょ?中年なんだからさ!

煽っていくスタイルというやつで締めたいと思います。


投稿日 2016.06.10
ブックレビューサイトシミルボン(2023年10月に閉鎖)に投稿したレビューの転載です


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