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膨らんだ膜の片方はへこんでしまって、もう元にはもどらない。

<『毎日2分で人生に役立つ気づきが得られる小説』視野が広い人ってすごい尊敬したくなる...!>


生きるの反対は死ぬ。

好きの反対は嫌い。

でも、好きじゃないの反対は、ない。

もう、私のこと好きじゃないんだって。

もう、そんなこと今さらだけどね。

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彼と付き合い始めてから半年が過ぎた。

半年前、入学式当日。

それはまさしく一目惚れだった。

容姿端麗、高身長、クラスの人気者、バスケ部。

スーパー高校生という言葉を具現化したような彼は一年生ながらに学校中の

注目の的となり、ご多分にもれず私も視線の矢を放ちまくっている内の一人だった。

熾烈な彼女ポジ争いが繰り広げられ、ありえないくらいの競走倍率の中、なんと、私に彼女合格通知が届いたのです!

もう天にも上る気持ちでこのままいっそかぐや姫にでもなってずっと月で暮らそうと思った。

とにかく、私は無事に彼と恋人関係になることができたのです。

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そして、今日。

夏休みも終わり、文化祭の準備が慌ただしくなってきて、何かと足早に、淡々と風が私たちを運んでいき、ポッカリ空いた穴に寂しさを残していく季節がやってきた。

部活が終わった夜7時半。

私はいつものように体育館の正面玄関の前で彼を待っていた。

ハンドタオルとスポーツドリンク。

部活終わりの彼に毎日渡していた。

「お疲れ様」

彼はそっけなく受け取る。

いつもそうだ。部活で疲れているんだと思う。


駐輪場までの道。

特に話すこともなく彼の後ろを歩く。


学校の正門。

帰る方向は反対だけど、私は途中まで一緒に帰ることにしている。


帰り道。

今日学校であったことを彼に話す。

友達の話、授業の話、購買で買ったパンの話、図書館で借りた本の話。

彼は聞いているような聞いていないような反応をしながら、自分で買った炭酸飲料を喉に流し込む。

「それ、好きだよね。いつも飲んでる。」

「うん。」

そっけない。


自動販売機の街灯の下。

ここでいつもお別れする。

「じゃあ、また明日ね。今日はお疲れ様。」

引きつった笑顔を作っていることを知りながら、それでも私にはこうするしかないと信じるばかりに再び笑顔を作った。

「あ、あのさ。」

「え、う、うん。」

「もう、部活終わりにこれ、持ってこなくていいよ。あと、特に用もないのに話さなくていいし、帰りだって別に一緒に帰る必要はない。これから大会近くなって部活も忙しいし、文化祭の準備とかもあってお互い何かと忙しくなると思う。それと…」

分かっていた。

いつか、こういう日が来ることを。

分かっていた。

私が重いってことを。

分かっていた。

他の方法を知らないことを。

分かっていた。

彼のやさしさが余計痛いことを。

でも分かりたくなかった。

彼の本当の理由を。

「どうして?」

「え?」

「どうして、私と別れたいと思ったの?私、カエデ君のために何でもするよ。嫌なことはもうしない。私、カエデくんが好きな子になるよ。」

「そういうことだよ。」

「えっ。」

「そういうの、上手く言葉にできないけど、好きじゃないんだ。だから、ごめん。たぶん、ユウリのこと好きな男子はたくさんいると思うな。だから、ごめん。」

彼はそう言って暗闇の中に消えていった。

暗闇の中に静かに残像が揺れていて、次の瞬間にはそれが見えなくなるほど涙が溢れてきた。

私が悪かったのかな。

きっとそうだよな。

引っ張り過ぎた膜の反対側はひどくつぶれた形をしていて、気づいて手を離してみても、もうもとには戻らなかった。

私の心の中や彼の心の中をもうちょっと観察できたら、

引っ張ったり、引っ張られたりできる関係になれたのかな、なんて思う初秋の夜。

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