オーガニック教 4
(読了目安10分)
◎答え なぜ現代医療で治らない病気が民間療法で治るのか
ここで書く「現代医療」とは、最新の科学や理論による西洋医学のことです。
そして「民間療法」とは、たとえば、「ネギを刻んで首に巻く・こんにゃくを温めてお腹に抱く」など、旧来から伝わるオーガニック的な療法のことです。
では、はじめましょう。
前回の投稿の最後に、こんなクイズを出しました。
「現代医療で治らない病気が民間療法で治ることがあるのはなぜでしょう」
今回はその答えです。
答えは・・・ちょっとひねった回答なんですが、以下です。
本質は後述しますので、とりあえず以下の回答で納得してください。
答えは、
「民間療法の方が治癒率が低いから」
です。
表現を変えると、
「現代医療で治らなかった人が民間療法を受けるから」
「現代医療が主流だから」
「民間医療を始めたのが、現代医療の効果が出る直前だったから」
「人間は自然治癒力があるから」
などの答えもあります。
たとえば、カゼ薬を飲んで3日間様子を見ても治らない人を10人集め、マスターがその人たちの頭に手をかざすとします。
すると、おそらくほとんどの人の風邪が数日内に治ります。
これってマスターの手かざしで治ったんでしょうか。
違いますよね。
民間療法もそれと似た理屈です。
ここで言う「現代医療で治らなかった人」は、全員が民間療法の前に現代医療を受けた人ですから、そのうちの1人でも民間療法で治ってしまえば、「現代医療で治らなかった病気が民間療法で治った」ということになるわけです。
実際に民間療法が効いて治った例もあるかもしれません。
しかし問題は、これを、「民間療法が現代医療より優れている」「オーガニックが現代医療より優れている」と解釈してしまう人がいるということです。
これじゃ「マスターが手をかざしたから治った」という考え方と同じですよね。
これでは本質からかなり遠い考え方です。
たとえば、1000人の病人が現代医療を受け、800人が治ったとします。
200人は治らなかったことになりますが、仮にその200人全員が民間療法を受ければ、何人かが治っても不思議ではありません。
というか、200人が民間療法を受ければ、理由はともあれ、必ず「改善された」という人は現れます。
そしてもしその200人のうち10人が治ったとしたら、大げさに言えば「現代医療で見放された人が民間医療によって10人も救われた!」という情報が流れるわけです。
この情報だけ聞くと、「民間療法はすごい」ということになりますが、本質はそうではありません。
以下に続きます。
◎現代医療より民間療法が優れているのか
オーガニック思考が強い人の中には、
「西洋医学(現代医療)反対!」
「生活習慣と食べ物次第で病気は治る!」
と言う人もいますが、そんな人に愛をこめたメッセージです。
上記では、現代医療は1000人の患者のうち800人、つまり80%が治っています。
それに対して民間療法は、現代医療で治らなかった200人のうち10人、つまり5%しか治っていないんです。
200人全員が治ったわけではないんです。
現代医療より優れているなら、200人中最低でも80%の160人が治る必要がありますから、治癒の確率で言えば、はるかに現代医療の方が優れています。
また、患者が民間療法に切り替えたタイミングで、現代医療の効果が現れてきたという可能性も否定できません。
さらに、病気は本人の自然治癒力で治ることもあります。
現代医療をあきらめて民間療法に切り替えた時、単に患者の自然治癒力が発揮されたタイミングだったのかもしれません。
ですから、民間療法の効果も、実際は「あいまい・わからない」ということになります。
上記の例だと、民間療法が現代医療を超えるには、1000人中800人以上を治す必要があるわけです。
民間療法が現代の先端医療になりえないのは、単純に言えば、「現代医療と比べて治る確率が低い」と実証されているからです。
ということで、ここで回答の本質です。
「現代医療で治らない病気が民間療法で治ることがあるのはなぜでしょう」
というクイズに対して
「民間療法の方が治癒率が低いから」
という回答になる理由です。
<理由>
民間療法の方が治癒率が低いことがわかっているため、現代医療(西洋医学)が主流になる。
↓
だれもが最初に現代医療を受診する。
↓
一定数治癒しない人が現れる。
↓
やむなく民間療法を試してみる。
↓
理由はともあれ、一定数治癒する場合がある。
↓
「現代医療で治らなかった病気が民間療法で治った」ということになる(これは事実)
ということです。
不思議なことに、現代医療より民間療法が優れていないから、現代医療で治らない病気が民間療法で治るんです。
なんだか、「日本人の死因一位がガンなのは、医療が進歩したから(ガン以外の病気は治ってしまう・ガンになるまで生きていられるようになった)」というのと似ていますね。
ポイントは、「現象は事実ですが、現代医療より民間療法の方が優れているという結論にはならない」、ということです。
ということで、実際は民間療法の治癒率は、現代医療と比較してかなり低いんです。
しかし民間療法でなんらかの利益を得ている機関は、「当方の民間療法では現代医療の80%の治癒率に対して5%以下です」という宣伝はしません。
治った人の体験談だけを宣伝し、「現代医療では治らなかった病気が民間療法で治った!」と顧客を集めます。
そして、その表現は事実ですから、現代医療よりも優れた治療法だと錯覚してしまう人が出てくる場合もあるわけです。
今は古くなった昔の治療法も、当時は最新の「現代医療」でしたし、逆に、現在最新の治療法も、将来は「昔の治療法」になります。
ですから、いつの時代も民間療法が人類最高峰の治療法であるはずもありません。
せめてできることは、人類の歴史をその場で止めてしまうような考え方に固執しないことです。
余談ですが、たとえば現代医療で治らない病気の人たち100人に対して、マスターが手をかざしたとします。
そしてその中の1人の病気が治ったとして、
「現代医療で治らない病気がマスターの手かざしで治った。マスターの手かざしは現代医療より優れている」
と言えるでしょうか・・・
そう、もちろん言えませんよね。
つまり、そういうことなんです。
「健康寿命」という考え方については触れないとして、現在、世界トップクラスを誇る日本人の平均寿命は、西洋医学の導入を主軸に成り立っています。
平均寿命を決める要素は医学だけではありませんが、もし現代の西洋医学を全て廃止し、日本の医療を民間療法だけにした場合、日本人の平均寿命は間違いなく短くなります。
オーガニックに興味がある人は、現代医療を否定して過激なオーガニック思考にならないように、ここで立ち止まって考えてみてください。
◎一昔前にとどまろうとする安心感
人間は、「未知のもの・最新のもの」を恐れる傾向があります。
恐れるあまり、「一昔前」にとどまろうとする人もいます。
大きな事故もなく、無難に過ごしてきた「一昔前の安心感」があるわけです。
現在の一部のオーガニック思考も、そんな心理が元になっています。
たとえば「食」についての歴史を考えると、人類の始まりの段階では、そこにあるものをナマで食べるしかありませんでした。
やがて「火」を手に入れたことで、熱を加えて食べることを知りました。
熱加工により、おいしいだけでなく、殺菌効果や保存効果も得ることができ、生食の時代より健康的な生活を送ることができるようになりました。
ただ、この時点で「火」を恐れ、「火は悪魔の道具だ」と思っていた人間は、火で加工したものを「悪魔によって焼かれた食べ物」と考え、食べることを拒否したかもしれません。
熱加工によって様々な利点があるということよりも、「悪魔が関わった食べもの」という位置付けにし、「体内に悪魔が入ってきてしまう」と考えた人類がいてもおかしくないからです。
そんな人たちは、火を使うことを恐れ、生涯「生食」だったかもしれません。
一方で、火を恐れなかった人類は、食品を熱加工することで得られた健康や時間を使い、より良い生活の実現に向けて試行錯誤することができるようになりました。
人類は考える時間ができたおかげで「進化」したんです。
さて、一昔前の安心感にとどまろうとする人類と、新しいことに挑戦する人類がいた場合、人類を愛に近づけるのはどっちでしょうか。
・・・そうです。
人類そのものの成長、つまり新しいことに挑戦することが、人類を愛に近づけるとわかります。
たとえば以下のようなことを考えてみてください。
視力の矯正についてです。
裸眼→眼鏡→コンタクトレンズ→レーシック→眼内レンズ・・・
それぞれの時代ごとに「一昔前の安心感」がありました。
レーシックが最新の時代には、コンタクトレンズという安心があり、コンタクトレンズが最新だった時代には、眼鏡という安心があったんです。
しかし考えてみると、もしコンタクトレンズが出てきた時代に、一昔前の「眼鏡」にとどまろうとする力が強かったらどうでしょう。
人類は進化しませんでしたよね。
また、照明器具についても同じです。
火の明るさだけ→油のランプ→白熱灯→蛍光灯→LED・・・
おおざっぱに書くとこんな歴史があります。
少ないエネルギーから明るさを取り出すための効率化が進んでいますが、新しいものが出るたびに一昔前の安心感にとどまろうとする人が出てきたら・・・
たとえば、「蛍光灯の電磁波が身体に悪い」と言って、人類が白熱灯にこだわり続けたら、LEDにたどりつけなかったかもしれません。
「電磁波を避けるため」と、歴史を逆行してしまったら、もちろん今の形のスマホなんて開発されていないわけです。
災害のとき、どれだけ多くの命が「携帯電話」によって救われるか考えてみてください。
人が「一昔前の安心」にこだわり続けていたら、人類はまだ洞窟の中で感染症に苦しむ生活です。
もちろん携帯電話で救急車なんて呼べません。
メリットとデメリットを天秤にかけ、メリットの方がはるかに大きいから携帯電話があるわけです。
そして、最後にオーガニック野菜です。
「オーガニック野菜」も進化の歴史の一部です。
複雑な状況をあえて単純に表現すると、以下のような歴史になります。
自然からの採取→自然農法→オーガニック農法→化学肥料農法→屋内野菜工場・・・
現状に不満や不安がある人が選べる道は、一昔前の農法にこだわるか、未来に目を向けるかです。
世間のオーガニック思考が、単に「未知のものや最新のものに対する不安から」なのか、また、その不安をあおる「商業オーガニック業界」の影響を受けたものなのか、大きな視点からゆっくり考えてみると、未来へのヒントになるはずです。
次回、マスターが考えるオーガニック思考のひとつ、「マクロビ」、そしてオーガニック食品を食べているであろう皇室を例に挙げ、「オーガニック教」について書いてみます。
以後、以下のような内容で進めます(順不同)。
◎皇室はオーガニックだけど
◎オーガニックの最後の最後に
◎中学生と同じ思考
◎親のオーガニックのせいで仲間はずれに
◎微量のお酒なら
◎愛するためのオーガニック
◎「商業オーガニック」と「本当のオーガニック」の見分け方
◎オーガニックライフに戻るのではなくその先へ
◎オーガニックライフで健康になれるか
◎オーガニックで病気は治るか
◎オーガニックで長く愛されるか
◎オーガニックの酒とタバコ
◎農家でさえわかっていない?
◎愛するためのオーガニック
◎まとめ
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投稿タイトル一覧は以下です。
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